第二百七十八話 補給基地強襲

 補給基地と言っても、外から見えるのは氷山中腹に設えられた装甲シャッター付きのゲートくらいだ。大半の施設は地下に設営されているし、もっとも目立つ設備であるマスドライバー……ジェットコースターのレールを思わせる外見の大質量体射出装置ですら、普段は擬装が施された装甲ドーム内に格納されている徹底ぶりだ。


「ふーむ、見た限りでは異常はないが……」


 基地の正面ゲートを前にして、ディアローズが唸る。ゲート前の装甲シャッターは完全に締め切られており、装甲面には傷一つついていない。侵入者が強行突破したような形跡は一切なかった。


「……センサーの履歴を確認しましたが、二十四時間以内に誰かが出入りした記録はありませんね」


 "ミストルティン"の袖口から伸びた通信ケーブル端子をシャッター横の端末に接続したまま、シュレーアが言った。当然だが、基地には侵入者を拒むためのセキュリティ・システムが備えられている。しかしそれらの機構は軒並み『異常なし』の表示のままだった。赤外線センサーも音響センサーも、作動した様子は皆無だ。


「ハズレ……でしょうか?」


 惑星ガレアeに作られた基地の所在は、皇帝も把握しているはずだ。なにしろこの惑星は、一時帝国軍の制圧下に置かれていた。当然、その際に作成されたマップデータも皇帝の乗機に入力済みと考えられる。

 だから、もし皇帝がディアローズの予想通りの作戦をとったのならば、皇帝たちは絶対にここを訪れるはずだ。しかし侵入者の形跡がない以上、予想自体が外れている可能性を考慮する必要がある。


「ふむ……一つ聞きたいのだが、この基地は今無人か?」


「ええ。無論普段は常駐している人員は居ますが……ここからそう離れていない地点に隕石を墜とす作戦でしたからね。万一に備えて、撤収させていますよ」


「無人? そりゃおかしい」


 シュレーアの返答に眉をひそめたのは、輝星だった。操縦桿を握る手にやや力を込めつつ、つづける。


「微かに人の気配がある。無人ってことはないはずだ」


「うん? 先ほど我が愛は、敵の気配はないと言っていなかったか?」


 ヴァレンティナが聞き返す。この作戦は、輝星の気配探知能力をアテにして建てられたものだ。当然、補給基地に到着した時点で敵の有無は確認している。そして輝星はその質問に、敵は居ないと返していたのだ。


「敵と判断するには、敵意や殺意が感じられない……というか、前線に居る兵隊とは思えないほど戦意がないんだ。だから、駐留している後方要員かなと思ったんだけど」


「そんなはずは……この基地に居たわが軍の兵士は、全員間違いなく後方に移送しています。だから誰かがいるとすれば、それは十中八九敵のハズ」


 眉をひそめつつ小首をかしげるシュレーア。輝星の感覚に疑問を感じることはない。彼がいると言えば、そこには必ず誰かがいるのだ。自然と表情が険しくなる。


「おそらくは皇帝たちだろうね」


 腕組みをしたヴァレンティナが、視線をゲート横の情報端末に向ける。


「電子戦は帝国軍のお家芸だ。こんな旧式のセキュリティを誤魔化すなんて、大して難しくはないさ」


「セキュリティ・システムをハッキングし、どうどうと正面から侵入。その上で、センサー履歴を改ざん……といったところですか」


 シュレーアは口をへの字にした。業腹だが、事実としてこの基地のシステムはかなり旧式の物だ。皇帝専用機に搭載されているであろう超高性能コンピューターならば、自動操作でも容易にハッキング可能だと思われる。


「しかし、ご主人様が敵意や戦意を感じないというのは妙だな。皇帝一人ならば、まあ戦うより逃げる方に夢中になっている可能性はある。何しろあの女は、かなりの臆病者だ」


「何しろ、一騎討ちから逃げ回るような女の母親だからね。遺伝というのは本当に恐ろしいものだな」


「……貴様もわらわと同じ女の胎から出てきたはずだが? ……まあ良い」


 こんな時にも嫌味を忘れないヴァレンティナにやや悲しそうな顔をしつつも、ディアローズは小さく息を吐いて気分を入れ替えた。


「皇帝はいいとして、問題はその護衛だ。ヤツの性格から考えて、護衛を一機も連れずに行動することはあり得ぬ。つまりは、戦場にあってなお敵意も戦意も抱かないような輩が皇帝を守っていると考えた方が良いであろう」


「例のクローン兵ってことか? まあ、条約違反のバイオ兵士だ。感情を人為的に操作するような外道なマネだって、してもおかしくはないか」


 輝星が口をへの字にした。"戦場で死力を尽くす人間の感情"を好むという珍妙な趣味を持った彼としては、何とも許しがたい存在だろう。


「その可能性は高いだろう。……なんにせよ、ここに敵がいることは確かであるな。マスドライバーで衛星軌道まで逃げられると厄介だ。さっさとテルシスどもに救援要請を出して、基地内に突入するのだ」


 時計を確認しつつそういうディアローズに、一行は深く頷いた。

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