第二百七十七話 皇帝を探して

 結局、輝星はシュレーアとヴァレンティナを引きつれて戦場を離脱することになった。他に護衛はつけない。盆地内での戦闘はいまだに予断の許さない状況であり、あまり戦力を引き抜くわけにはいかないという都合があった。

 そういう訳で、輝星たちは盆地のすぐ外側の山脈を飛行していた。戦力が集中しているのは盆地の中心部の身であり、その外側は嘘のように平和だった。輝星らの他には一機のストライカーも、一隻の軍艦も浮かんではいない。


「しかし……俺も人探しは本職じゃないからな。もうちょっと人手はあった方がいいんじゃないかな」


 珍しいことに、輝星は自信なさげな様子だった。正面戦闘ならば負けるつもりはないが、今回の任務は探索メインだ。レーダー代わりに使われるのはよくあることだが、皇帝の身柄確保は戦争の行く末すら左右する重大事項だ。間違っても、逃がすわけにはいかなかった。


「一応、偵察機……"トワイライト・アイ"も動員できるだけ動員していますよ。……まあ、レーダーも目視も頼りにならないこの状況では、いかな偵察特化型とはいえあまり頼りになるものではありませんが……」


 稜線を利用して飛行すれば、ストライカーの小集団など簡単に索敵網から逃れることが出来るだろう。だからこそ、輝星の第六感めいた力をアテにしているわけだが……。


「で、周囲にそれらしき気配はないのか? さっさと見つけて、袋叩きにしてやりたいのだが」


「ないよ。無人」


 輝星の返答はひどく端的だった。とはいえ、その程度は予想の範囲内である。後部座席に収まったディアローズは、腕を組みつつ「だろうな」と呟いた。


「というかさ……たぶん皇帝には、例の新しい四天とやらが護衛についているんじゃないの? テルシスさんたち三人で撃退できなかったんだから、かなりのエースだろう。袋叩きにするのは、なかなか難しいんじゃないかな」


 旧四天との戦いを思い出しつつ、輝星は眉をひそめた。彼女ら三人のコンビネーションは、輝星をもってしてもなかなか難しい戦いを強いられたのだ。わずか二人でそれだけの成果を成し遂げられる敵が、さらにもう二人いる可能性があるというのだから恐ろしい。


「そのあたりは、一応考えていますよ」


 その疑問に答えたのは、シュレーアだった。実際、新四天が全力で防戦に出れば、いかな輝星とはいえそう簡単に勝利できないことは予想できる。その間に皇帝がさらなる闘争を図るというのは、十分あり得る可能性だった。


「このあたりは、わが軍の敷設した地下通信線と電波基地が生きています。そのため、現状のひどい電波状況でも、なんとか本隊と通信ができるわけです」


「新四天と遭遇したら、旧四天に救援を頼む。まあ、単純な作戦さ」


 ヴァレンティナに口を挟まれ、シュレーアは唇を尖らせた。


「……到着にはやや時間がかかりますが、ほかに選択肢はありません。新四天を押さえることが出来そうな人材は、輝星さんの他には彼女らしかいませんからね」


「確かに。万事うまくいって、俺が新四天全員を墜としちゃったなんてことになったら……なんて言われるかわかったもんじゃないな。救援が来るまで足止めして、あとは任せるか」


 新四天に煮え湯を飲まされたテルシスたちは、ずいぶんと汚名返上に燃えている様子だった。輝星としても新四天に興味が無いわけではないが、他人の獲物を横からかすめ取るのは気が引けた。


「とはいえ、それもこれも皇帝を捕捉できればの話だ。今のところ、ぜーんぜんそれらしき気配がない。流石に、虱潰しにやるのは無茶じゃないの?」


 ガレアeはあまり大きな惑星ではないが、それでもストライカー一機で索敵し尽くすのは無茶だ。創作するにしても、ある程度の目安は欲しい所だった。


「そういうと思って、プランを考えてみたぞ」


 ニヤリと笑って、ディアローズが輝星の肩を叩く。操縦に関してはすべて輝星が担当しているから、後部座席の彼女にはいくらでも思案する余裕がある。こういう時のために自分がいるのだと言わんばかりの表情で、ディアローズは輝星のサブモニターに戦術マップを表示させた。


「まず考えるべきは、皇帝がどういう腹積もりをしているかだが……間違いないのは、ヤツはこの星系から脱出を図ろうとしているということだ」


「戦術的に見れば、もはやこの戦いを挽回する方法はないからね。せめて自分だけでも無事に本国に帰ろうと考えるのは、自然なことだろうさ。……それで?」


 その程度のことは、考えずともわかる部分だ。ニヤニヤと笑いつつ、ヴァレンティナが先を促す。


「とはいえ、無事に皇帝が本国に帰還するにはいくつも障害がある。皇国軍の主力はガレアeの地表に降りたとはいえ、細々とした部隊は軌道上に残っている。それに、降伏した諸侯軍もな」


 ニヤリと笑って、ディアローズは座席から身を乗り出して輝星の前のサブモニターを指でつつく。その豊満な胸で押しつぶされる形になった彼は、ぐぇぇと小さく声を上げた。


「アンヘル公爵の身柄をこちらが抑えている以上、諸侯軍は皇帝を捕まえて人質交換を狙う可能性がある。当主級の身代金ともなれば、莫大な額になるからな」


 ヴルド人の忠誠心など、その程度のものだ。心から皇帝に心服しているものなど、せいぜい近衛隊の一部くらいだろう。裏切る方がメリットが大きいとなれば、即座に手のひらを返すのが貴族の流儀である。


「つまり、普通に宇宙に出たところで、皇帝の危機は去らないということになる。……普通に宇宙に出れば、な」


「極軌道ですか」


 シュレーアが手をポンと叩いた。皇国艦隊にしろ諸侯軍にしろ、ガレアeの赤道面を周回している。迎撃の都合上そうなったわけだが、そんなことは当然皇帝も把握しているはずだ。それを避けるような逃走経路を選ぶのは、当然のことだ。

 そこで考えられるのが極軌道……つまり北極・南極の上空を通過する集会ルートだ。これならば、赤道面に居る部隊が迎撃に出ても接敵にはそれなりの時間が必要になる。


「その通り。で、だ。ここからが本題なのだが、極軌道を目指すとなれば、北か南に向いたマスドライバー施設とライドブースターが必要になってくる。その身一つで本国に逃れようと思えば、大気圏突破で推進剤を消耗するわけにはいかぬからな」


 ガレアeは、通常ならばストライカー単体で衛星軌道に上がっても問題ない程度の重力と大気密度である。しかし、限られた推進剤で超遠距離航行を目指すならば、その程度の消費でも抑える必要が出てくるのだ。


「……なるほど! つまり、皇帝はわが軍の補給基地を目指していると」


 補給基地ならば物資のやり取りを行うマスドライバー・マスキャッチャー施設は当然に備えているし、即席の輸送機としても使えるライドブースターも配備されている。皇帝が必要とするものは、すべてそこにあるということだ。


「ええと、このあたりで南北どちらかにマスドライバーを向けている補給基地と言えば……ここですか」


 戦術マップの上に、赤い光点が灯った。現在地点から、そう遠くない場所だ。


「まったく、ディアローズは頭だけは回るな。……そうとなれば、ここへ向かうことにしようか」


 ヴァレンティナは微苦笑を浮かべつつ、結論を出した。

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