第二百七十六話 大混戦(3)

 戦艦同士が、肉薄しあいながら主砲を撃ち合っている。その周囲では、剣や槍を持ったストライカーたちが、壮絶な白兵戦をしている。至近距離で破壊力の高い武装を向けあわざるを得ない状況は、敵味方問わずに凄惨なまでの被害をもたらしていた。盆地の底には、鉄とオイルがぐずぐずに混ざり合った大量のスクラップが死体めいてまき散らされている。


「こりゃひどい……」


 傭兵として決して少なくない数の戦場を渡り歩いてきた輝星だが、流石にこのような異様な戦いを目にするのは初めてだった。混戦も混戦、大混戦だ。


「滅茶苦茶だよ、滅茶苦茶。戦いにくいったらありゃしねえ!」


 ぼやくサキだったが、そこへ電光石火の勢いで"レニオン"が突っ込んでくる。さすが準ゼニス級と呼ばれるハイエンド機だけあって、そのスピードは尋常なものではなかった。


「っち!」


 迫りくるロングソードの刀身を目にして、サキはほとんど反射的に電磁抜刀を放った。紫電を帯びた刀が弾丸のように撃ちだされ、ロングソードを中ほどから完全に切断する。


「ぐ!」


 しかしそれだけでは突撃の勢いは殺しきれず、両機は破滅的な大音響とともに衝突した。コックピットの中で激しくシェイクされたサキは、一瞬目を回す。

 正面衝突して弾き飛ばされた"レニオン"に、"エクス=カリバーン"が迫った。サキと同様に目を回していた近衛兵は、それに対応できない。彼女が迎撃の姿勢を取るより早く、その脇腹へパイルバンカーが突き刺さった。一瞬痙攣するような動きを見せた"レニオン"だが、次の瞬間には力尽きて地面に転がっていく。


わりィ!」


 ぼんやりした頭をブンブンと振りつつ、サキが声を上げる。丈夫さに定評のあるヴルド人だ。軽い脳震盪になったくらいで、ほかにケガなどは負っていない。


「気にするな!」


 濃霧のかかった真夜中ほどの視界の中で十にメートルの巨人同士が戦っているのだ。似たような接触・衝突事故はそこらじゅうで起こっていた。


「しかし、敵が多いな。偵察機の最初の報告より多くなってないか?」


 もちろん、こんな状況だ。優秀な索敵機材を満載した偵察機とはいえ、見逃した敵の数も多いだろう。しかしそれにしても、やたらと敵の数は多かった。戦艦同士の砲撃戦まで発生しているのだ。


「生き残った帝国軍の大半がこの盆地に集結しているのだろう。投稿する気ならまだしも、戦闘継続を選ぶなら散り散りになった部隊を再集結させねばまともに戦えぬ」


「これだけ派手にドンパチしてるんだ、そりゃあ飛んで火に入るなんとやらの如く集まってくるだろうさ」


 サキが鼻で笑いつつ、周囲に油断なく目を配る。輝星の前でこれ以上醜態は晒したくないのだ。


「敵が集まるのは良いがね、王将をとらなければ戦いは終わらないよ。そうだろう? ディアローズ」


 口を挟んだのは、ヴァレンティナだ。彼女の"コールブランド"も、特徴的な黒塗装があちこち焦げたり剥げたりしている。相当激しい肉弾戦を潜り抜けてきたのだろう。


「確かに、皇帝を捕縛すればこの仮称・反乱部隊も大人しくなるであろうな。早急に王手をかけるべきだというのは、わらわも賛成ではある」


 問題は、その皇帝の居場所がようとして知れないことだ。降伏派は皇帝を発見次第報告すると言っているし、自軍にも皇帝を探せと命令はだしているのだが、今のところ何の情報も上がっていない。


「もしかして、皇帝はここにはいないのでは? 皇帝専用機といえば、ひどく目立つ存在です。いくら視界が悪いとはいえ、こうも見つからないというのは……」


 やや青い顔をしたシュレーアが唸った。


「この戦いを陽動にして、自分だけ逃げる……母上、もとい皇帝のやりそうなことだ」


「同感だ。同感だが……逆にそれが、皇帝の狙いという可能性もある。逃げたふりをしてこちらの索敵網をかく乱し、その隙を突いて離脱する……こちらもまた、皇帝のやりそうなことであろう」


「確かに。皇帝の悪知恵は大したものだからな。こちらの裏をかいてくる可能性は、常に想定しておくべきだろうね」


 ディアローズとヴァレンティナが話し合っている間にも、戦場は知っちゃかめっちゃかになっている。戦艦が突然爆発し、猛烈な火柱が上がった。真っ暗な盆地が、一瞬だけ明るくなるほどの爆発だった。輝星が思わず、頭を押さえる。


「……とはいえ、このような泥沼の消耗戦にはいつまでも付き合っておれぬな。中途半端が一番よろしくない。方針をはっきり決めて、賭けに出るべきではないか?」


「珍しく意見が合ったな。どうだろう、シュレーア。ここは、我が愛に盆地外縁部の索敵を頼んでは? 彼ならば、気配である程度探知できるだろう」


 混戦の真っ最中で個人の気配を捉えるのはムチャがあるが、周囲に敵がいなければ話は別だ。隠密行動の都合上、皇帝の護衛はそう多くないと予想される。輝星ならば、怪しい動きをしている部隊がいればすぐに見つけられるだろう。


「え? うーん、出来ないことはないと思うけど」


 眉をひそめつつ、輝星は思案した。確かに不可能ではないが、戦場から離れるのは少し抵抗があった。サキのような優秀なパイロットですら、一瞬遅れを取りかけたのだ。できれば、ここに残って味方を援護したい。


「ならば、ぜひ頼みたい。我が愛の他に、この難事を解決できる人間はいないからね」


「……確かにそうですね。では輝星。皇帝の探索をお願いします」


 一瞬考え込んでから、シュレーアは頷いた。合理的判断もあるが、大勢の死人が現在進行形で出続けているこの戦場から輝星を引き離したいという気分もあった。ただでさえ、彼はこれまでの戦闘で随分と消耗しているのである。


「う、うーん……」


 唸る輝星だが、その頭をぽんぽんとディアローズが優しく叩く。彼は短く嘆息して、頷いた。


「わかった、行こう」


「よし、では我が愛の護衛はわたしに任せてくれたまえ」


 ヴァレンティナが豊満な胸を張りつつ、ニンマリと笑った。一瞬顔を引きつらせるシュレーアだったが、すぐに言い返す。


「いいでしょう。が、私も同行します」


 なにかと胡散臭い彼女と輝星を二人きりにするわけにはいかないのだ。そして遠距離砲戦型ストライカーを駆るシュレーアとしては、この白兵戦にならざるを得ない戦場はなかなか辛いものがある。夫の護衛とヴァレンティナの牽制、そして苦手な戦場から離れる名目にもなるという、一石三鳥の作戦だった。


「総大将が前線から離れるのか……」


 げんなりした顔でディアローズがぼやいたが、シュレーアはそれを黙殺した。

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