第二百七十五話 大混戦(2)

 降伏派の帝国軍と協力することになったはいいが、問題は視界の悪さだ。ほとんど真っ暗闇といっていい状況の中で敵と味方を判別するのは、難しいどころの話ではない。自然と、彼我共に格闘を多用することになる。さすがに、剣が届く距離ならば敵味方を見分けることは可能だ。


「そこかっ!」


 そんな中、輝星一人がブラスターライフルを撃ちまくっていた。緑の光条が暗闇を切り裂くたび、腹に穴をあけた"レニオン"が地面に叩きつけられる音が聞こえてくる。


「て、敵の姿はほとんど見えぬが……ちゃんと判別して撃っているのか?」


 顔を引きつらせながら、ディアローズが聞く。暗視機能があるとはいえ、粉塵と暴風の中ではあまり頼りになるものではない。同乗者の彼女としては、輝星が動くものを反射的に攻撃しているようにしか見えないというのが正直なところだった。


「航法灯が点滅してない機体を狙うんだろ? わかってるさ」


「うむぅ、貴様のことだから大丈夫だとは思うが……なあ?」


 肩をすくめるディアローズ。そこへ、一機のストライカーが突っ込んできた。スラスター炎を背に肉薄してくるその機体は塗装色こそ"レニオン"と同じだであるものの、フォルムは明らかに異なっている。ゼニス・タイプだ。


「ぬおっ!? 驚かせおって!」


 岩陰をうまく利用したのか、新手のゼニスは虚空から突然現れたように見えた。ディアローズの心拍数が跳ね上がるのと同時に、敵ゼニスの白刃が迫る。


「やらせないっての!」


 しかし、輝星に奇襲など通用するはずもない。ギリギリのところでフォトンセイバーを抜いた輝星は、袈裟懸けに振り下ろされたサーベルを受け流す。盛大なスパークが散り、機体を激しい衝撃が襲う。両脚のアンカーがドライアイスの表面を滑り、ガリガリと跡を残した。


「重い……!」


 片手剣の一撃とは思えない威力だ。自然と輝星の口元に笑みが張り付く。


「テレーズ・グエンラントだな。近衛隊長の一人……乗機は"アイレオス"。近接機だ」


 近衛隊のエースならば、ディアローズは全員のプロフィールや乗機を把握している。当然、目の前の機体も記憶の中にあるものだった。


「……手練れだぞ、手早く片付けるのだ」


「了解!」


 近接型ならば、今のような視界のきかない環境は大の得意だろう。こんな手合いをみすみす逃がせば、味方に大きな被害が出るのは間違いない。ここで倒しておく必要があった。


「やるな、皇国の白いのッ!」


 奇襲を防がれるのは予想外だったのだろう。共通回線で賞賛の声が飛んでくる。


「これでも連邦のトップエースでね……!」


「男の声? そうか、貴様……姫様をたぶらかしたという傭兵かっ!」


 テレーズというらしい敵パイロットは、声に憎しみをにじませた。彼女も例のビデオは視聴済みらしい。叫んだそのままの勢いで、テレーズは強烈な刺突を仕掛けてきた。弾丸のように迫るサーベルの切っ先を、輝星はステップで回避する。


「たぶらかされた本人もおるぞ! もうわらわはこの男にメロメロなのだー。帝国なぞ糞くらえだー」


 即座にディアローズが煽った。棒読みの憎たらしい声でそんなことを言うものだから、動揺したテレーズは一瞬動きが鈍ってしまう。しかし、その隙を逃す輝星ではない。即座にスラスターを吹かし、敵の懐へもぐりこむ。


「しまッ――」


 後悔してももう遅い。パイルバンカーがうなりを上げ、鉄杭が猛烈な勢いで撃ちだされた。鉄のへし曲がる耳障りな音と共に、"アレイオス"の腹に大穴が開いた。相転移タービンが破滅的な音色を奏でて停止し、作動油まみれの鉄杭が後退していく。


「……ちょっとどうかと思うよ、そういうのは」


 相手の動きを見るに、テレーズはかなりの腕前を持ったパイロットのように思えた。まともにやり合えば、輝星と言えど倒すのにそれなりの時間が必要だっただろう。しかし、真正面から戦うことに拘りを持つ輝星としては、かなり不本意な勝ち方だった。


「今はこのような輩に時間を取られている余裕はないのだから、済まぬが諦めるのだ。一騎討ちの相手ならば、戦いが終わった後にわらわが何度でも務めてやる。それまで我慢するがよい」


 豊満な胸を張りつつ、ディアローズはそう言い切った。敵だったころは輝星と直接戦うことを嫌がりまくったディアローズだったが、模擬戦ならば話は別だ。勝ち目はないことは理解しているが、輝星に完膚なきまでに叩きつぶされるのであればむしろ本望ですらある。


「う、うーん……」


 正直に言えばディアローズより先ほどの敵の方が歯ごたえがある相手だったのだが、流石にそれを正面から言うのは憚られた。顔を引きつらせる輝星を無視して、ディアローズは手を振り回す。


「とにかく今は、皇帝を確保するのが第一だ!」


「皇帝ね。まったく、どこにいるやら……」


 気配に敏感な輝星とは言え、流石に一度もあったことのないような相手を探知するような真似はできない。とにかく、戦場を虱潰しに探し回るほかないだろう。


「今のところ、偵察機からは"オーデルクロイス"を発見したという報告は来ておらぬ。さすがにあれほどデカブツを見逃すはずはないから、皇帝はストライカーに乗っていると思われる。その辺りを頭に入れて探すのだ」


「こんな中で一機のストライカーを見つけろと……無茶言ってくれるなあ」


 輝星は苦笑するしかなかった。

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