第二百七十四話 大混戦(1)

 戦場と化した盆地に向かって、輝星たちはまっすぐに飛ぶ。帝国軍は内輪もめに夢中になっていたため、この突撃に気付くのが遅れてしまった。


「まずはストライカー部隊を叩きます、攻撃開始!」


 岩陰に隠れていた"レニオン"を剣の切っ先で指し示し、シュレーアが叫ぶ。それと同時に、"ミストルティン"の肩部ブラスターカノンが吠えた。大出力ビームが岩肌を穿ち、小規模な爆発が起こる。


「新手か!」


「このビームの色、皇国軍ね。面倒なタイミングで仕掛けてくれる……!」


 "ミストルティン"に続くように放たれたビームや機関砲弾の嵐に、慌てて"レニオン"部隊は岩陰から飛び出してくる。そこへ、砲弾の連続した着弾が襲い掛かった。砲弾の破裂と同時に猛烈な爆炎が氷山の斜面を真っ赤に染める。


「むっ、艦砲射撃ですか」


 それを見たシュレーアが唸った。砲撃に追い散らされた"レニオン"は、泡を食った様子で逃げ回っていた。それを狙ってビームを撃ち込むと、回避をする余裕がないらしく驚くほど簡単に撃ち落とすことができる。


「この爆発、30cm砲以上だな。こちらの砲戦部隊はまだ後方にいる……帝国艦の射撃と見て間違いないだろう」


「どういう理由で仲間割れをしているのかを知りたいな。場合によっては、仲間に引き込めるかもしれない」


「たしかにな。こちらの戦力も、決して多くはない……無駄な敵を作るのは悪手だ。シュレーア、ここは我々に任せて共通回線で呼びかけてみてはどうだ?」


「……そうですね」


 突撃そうそう出鼻をくじかれたような気分になって、シュレーアは顔をしかめた。これなら、事前に呼びかけを行ってから攻撃を仕掛けた方が良かったのではないかと思わないでもない。しかし、電波状況がひどく悪い以上、遠距離では無線は通じないのだ。どうせ接近するなら、突撃の号令をして士気を高めるのは悪い事ではない。


「こちら皇国軍総司令官のシュレーア・ハインレッタ。帝国軍に通告します。投降の意志がある者は、名乗り出なさい。どういう状況なのかは知りませんが、投降しないものは例外なく打ち倒します」


 相手の意志を確かめるとはいえ、あまり下手に出るわけにはいかない、無線の出力を最大にしたシュレーアは、尊大に言い放った。スピーカーはしばらくの間耳障りなノイズを垂れ流していたが、一分もしないうちに返答が返ってきた。


「こちらは帝国近衛艦隊副司令のヤリス・コントラム軍務公だ。我々は降伏する準備が出来ているが、それを認めない部隊が反乱を起こし、現在鎮圧中である。反乱部隊はそちらにとっても敵だろう? 投降の見返りとして、我々も攻撃に協力しよう」


 ノイズのせいで聞き取りづらいその声を聴いて、シュレーアはほっと安堵のため息をついた。反乱だの鎮圧だのという話はどこまでが真実なのか分かったものではないが、すくなくとも降伏したがっている部隊があるというのは確からしい。


「ふざけるなー!」


「反乱部隊はそちらだろうに、賊軍どもが!」


 共通回線は全部隊に筒抜けだから、反乱部隊とやらも罵声が返ってくる。難しいことになって来たなと、シュレーアは口元を引きつらせた。


「ご協力には感謝しますが……こちらは敵と味方の区別がつきません。そこをなんとかしてもらわないと、無差別に攻撃するほかありませんよ」


 向こうの口調は恩着せがましいものだが、それは降伏後の自身の立場を確保するためだ。激しい抵抗の末に降伏した場合と、積極的にこちらに協力したうえでの降伏では、やはり扱いが変わってくるものだ。ちゃっかりしているなと思いつつも、シュレーアは副指令の策に乗ることにした。

 しかし問題は、投降部隊も反乱部隊も同一の兵器を使っているということだ。皇国軍にも帝国製の兵器はあるが、ストライカーにしろ艦艇にしろ純白のストライプ塗装をいれてあるから、味方であることは一目でわかる。しかし、今目の前にいる部隊はそうではない。敵か味方か悩んでいるうちに攻撃されては、たまったものではないだろう。


「我々の指揮下にある部隊は、航法灯は明滅するように設定している……それでなんとか判別してほしい」


「こ、航法灯ですか……」


 ストライカーの頭部や肩部には、暗い環境で航行する際に僚機と衝突したりしないよう、発光ダイオードが埋め込まれている。もちろん艦艇も同様だ。とはいえ、めまぐるしく状況が変化する戦場で、そんなものをいちいち確認するのは非常に難しいだろう。シュレーアの額に、一筋の冷や汗が流れた。

 とはいえ、即席でとれる判別法など、これくらいだろう。敵味方識別装置IFFをいじっている時間などまったくないのだ。


「わかりました。……それから、肝心なことを聞きますが、皇帝の身柄はどうなっているのですか? 皇国軍としては、彼女の確保は必須事項です。もちろん、生きているなら……ですが」


「行方不明。ニ十分ほど前までは確認できていたのだが……残念ながら失探ロストしてしまった。こちらとしてもできれば捕獲……もとい、説得したかったのだが」


「つまり、生きているのは確かだと」


 ここまで来たのだから、皇帝にはこの戦争のすべての取らせる必要がある。生きているのが確かならば、絶対にその身柄は確保する必要があった。


「陛下の居場所が判明したら、すぐそちらに連絡する。だから今は、とにかく鎮圧に協力してくれ」


「わかりました」


 なんにせよ、残る敵部隊を放置するわけにはいかない。シュレーアは仕方なく頷いた。

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