第二百六十八話 歩行要塞、陥落す

  テルシスらがクローン兵たちと激戦を繰り広げている一方、皇帝艦隊封じ込めの要である歩行要塞"ヴァライザー"はといえば、退屈になるくらい平穏な時間を過ごしていた。


「……」


 メインモニターに映る大峡谷を眺めつつ、リレンは無言で操縦桿のトリガーを撫でる。今のところ、敵艦隊が跳びだしてくるような予兆はない。

 重砲やロケット弾による攻撃も、しばらく前に止まっていた。牽制のためだけに弾薬を使い果たしてしまう訳にはいかないからだ。 遠くからはストライカー隊の交戦音が聞こえてくるものの、戦場は完全に膠着し、一時の平和が訪れているようにも見える。


「リレンさん、敵の動きはどうなってるッスか?」


 "ヴァライザー"の足元に布陣しているストライカーのパイロットが、若干倦んだような声で聞いてくる。いくら戦場とはいえ、長い間一発の砲弾も飛んでこないとなると気が緩んでくるものだ。


「動きはない。前と同じ」


 旗艦"オーデルクロイス"が飛び出してきたときには皇帝の首を取るチャンスだと歓喜したものの、残念ながら照準が間に合わず再び峡谷へ隠れられてしまった。それ以降、ストライカーなどが出入りすることはあるものの、艦艇などの大物は谷の奥底に身を潜めてテコでも動かない姿勢を維持している。

 とはいえ、いつまでも穴倉に籠っているわけにはいかないことは、向こうもわかっているだろう。いつ戦闘が再開するかわからない以上、警戒は維持し続けねばならない。リレンは峡谷から目を離さないよう気を付けながら、ちらりと時計を確認した。


「おのれ、手強い!」


「ウワーッ!? 左腕を持っていかれましたわっ!!」


 無線からは、僚友たちの悲鳴じみた声が聞こえてくる。"ヴァライザー"が布陣する山頂からではテルシスらの戦っている場所を直接目視することはできないが、その緊迫した声音からは相当苦戦していることがうかがえる。

 なんとか、援護できないものだろうか。リレンは一瞬考え込んだ。彼女らのことは特に友人とも思っていないリレンだったが、それでも多少の仲間意識くらいはある。恩を売っておけば、あとで色々使えそうだという打算もだ。


「……無理。ムリムリ」


 しかし、彼女らの窮地を救うアイデアを思いつくことはできなかった。"ヴァライザー"が本調子であればまだやりようがあるが、残念なことに強引な応急処置のみで戦列に復帰したため、この歩行要塞は不具合まみれのひどい有様だ。

 特にリレンが気に入らないのは、砲撃の精度である。センサーはともかく砲身がひどく損傷しており、しっかり狙いを定めても思った通りの場所へ砲撃が飛んでくれないのだ。

 ここさえまともならば、敵のソイレント・シリーズとやらをキルゾーンへ誘い込み、"ガイスト・アルテレリー"などとは比較にならない超威力砲撃で一網打尽にできるのだが……現状では最悪の場合、敵ではなく味方の方を一網打尽にしてしまいかねないリスクがある。


「はあ……」


 リレンは小さく嘆息した。今の彼女に出来ることは、ここで敵ににらみを利かせることだけだ。苛立たしげに、彼女は何度かトリガーを引く真似事をした。

 それから、十数分の時間が経過した。無線からは相変わらず、阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。今のところ撃墜された味方は居ないようだが、リレン以外の元四天たちの機体は少なくないダメージを受けているようだ。いよいよ不味いかもしれない、そうリレンが思った時だった。


「……ッ!? 敵機接近、南南西!」


 周囲を警戒していた"クレイモア"が切羽詰まった声で報告した。慌てて、そちらのほうに視線を向ける。氷山同士の間を縫うようにして、"レニオン"が飛行している。恒星ガレアのおぼろな光を反射して、漆黒の装甲がぎらぎらと輝いていた。かなり近い。


「……ちっ! 別動隊か……!」


 アクティブステルスを全開にしたうえ、地形を生かしてレーダーに映らないよう慎重に接近して来たのだ。そうでなければ、ここまで近づかれるまで気づけない道理がない。味方の索敵網のずさんさに舌打ちしつつも、リレンは"ヴァライザー"の両手・・に装備された四連装の速射ブラスター砲を敵集団に向けた。

 いささかの躊躇もなく引き金を引くと、重苦しい発砲音と共に無数の赤い光弾が"レニオン"隊に降り注いだ。しかし、"レニオン"たちは機敏な動きで散開し、一発のビームも命中することはない。雑な

 照準はしていないのにと、リレンは顔を引きつらせた。慣れない機体ということもあるし、敵の練度が高いのもある。ともかく遠距離での迎撃は失敗した。"レニオン"たちは猛然とこちらに向かってくる。四連装速射ブラスター砲で弾幕を張るが、その程度で近衛隊は怯まない。


「接近させるなーっ!」


 周囲に展開している"クレイモア"や"ジェッタ"の部隊が応戦を開始したが、放たれたビームや機関砲弾が敵に殺到するも、"レニオン"たちは最小限の動きでそれを回避してしまう。


「……"ヴァライザー"を放棄するっ!」


 結局、リレンは彼女らの阻止をあきらめた。現在の"ヴァライザー"には、対空機関砲の一門も装備されていないのだ。懐に入り込まれてしまえば、対処のしようがない。

 機体に装着されているいくつもの通信ケーブルを引きちぎり、リレンは"ヴァライザー"の仮設コントロール・ブロックから飛び降りた。空を舞う濃紫のゼニスを見て、近衛兵が叫ぶ。


「リレン・スレインだ! 元四天とはいえ、白兵の出来る機体ではない。突っ込め!」


 "レニオン"たちは弾かれるようにグンと加速し、"ヴァライザー"へと向かう。リレンは愛機"プライスタ"の背中に懸架されている大型狙撃砲を引っ張り出すと、一瞬で照準を合わせて発砲した。大出力ビームが大気を切り裂き、一機の"レニオン"を爆発四散させる。だが、撃墜できたのはこの一機のみだった。


「砲兵隊! 撃ち方はじめ!」


 近衛隊長の命令に従い、遠くで密かに展開していた大量の機動砲が21cm徹甲弾を吐き出す。当然、目標は"ヴァライザー"だ。多くの砲弾は斥力偏向シールドによって弾かれたが、続きてかなりの距離まで接近していた"レニオン"が対艦ガンランチャーを一斉に発射する。

 機動砲の砲撃をうけてかなりの負荷がかかっていたシールド発生装置が、この攻撃により限界を迎えて爆発した。大半の対艦ミサイルが、逸らされることなく歩行要塞の装甲に突き刺さる。鋼鉄の巨体が、一瞬にして炎に飲まれた。


「"ヴァライザー"が……!」


 皇国兵が悲鳴じみた声を上げた。巨大なヒトガタが、破滅的な音を奏でながら倒れていく。応急修理しか終わっていない"ヴァライザー"に、この攻撃に耐えるだけの耐久度はなかったのだ。鉄塊じみた装甲板が剥離し、作動油が鮮血めいて噴き出す。やがて、"ヴァライザー"は氷山の斜面を無残に転がり落ちていった。


「艦隊に打電! 攻撃は成功だ!」


 "ヴァライザー"さえ倒せばあとは用はないとばかりに、近衛隊はすばやく退いていく。残存部隊がその背中にビームを撃ち込んだが、簡単に回避されてしまい大した効果はなかった。


「……追撃しますか?」


 そう聞いたのは、ヴァレンティナ派の元帝国兵だ。まともに抵抗することもできないまま、虎の子の歩行要塞を撃破されたのは業腹の極みだ。できれば追撃し、この怒りを晴らしてやりたいところだったが……。


「必要ない」


 リレンの答えは、簡潔だった。彼女は時計を見ながら、ニヤリと笑う。


「なぜなら、我々の任務はすでに成功している……」

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