第二百六十五話 新四天

「データ照合……該当なし!?」


 新たに現れた敵はゼニスのようだが、テルシスの記憶はもちろん機体のデータベースにも記録のない機体だった。身の丈を大きく超える異形の兵装を構えたその姿は、奇妙な威圧感を放っている。只者ではない気配を感じ取り、テルシスはロングソードの切っ先を敵機に向けた。


「我が名はテルシス・ヴァン・メルエルハイム! 貴公の名前をお聞きしたい!」


「……」


 突然の問いかけに、新手のゼニスは一瞬大型砲を揺らして困惑した。しかしすぐに構えなおし、言う。


「アイン・ソイレント。四天が一人、"天雷"」


「ツヴァイ・ソイレント。同じく、"天剣"」


「むっ……」


 不可思議なことに両機から聞こえてきた声は、まったく同一のものだった。まるで同じ人間が二回分発言したようだ。しかし、確かに通信はそれぞれから来ている。

 いや、問題はそんなことではない。敵は四天を名乗ったのだ。おそらく、皇帝が新たに任命したのだろう。彼女らは、テルシスの荒廃ということになる。


「ふんっ、このわたくしを前にして"天雷"を名乗るとは……はなはだ不遜ですわねっ!」


 エレノールが鼻で笑った。四天とはいっても、自分たちがいなくなったことでできた空席に座った連中だ。ソイレントなどという家名は聞いたことがない。間に合わせの暫定的な処置だろうと思ったのだ。


「"天剣"、"天雷"と来て、"天轟"が居ないのは片手落ちデスね。おおかた、皇帝の護衛でもしているんでしょうが……」


 なんにせよ、出て来たからには倒すだけだ。ノラは操縦桿を握り込む。


「一騎討ちはなしデスよ、テルシスサン!」


「ぐ、痛い所をついてくれる」


 敵の攻勢を押しとどめるのがテルシスらの役目だ。一騎討ちなどして雑兵への対処が疎かになっては元も子もない。数の優位を生かして手早く片付けた方が良いだろう。


「待てっ! 今聞き捨てならぬ単語が聞こえたぞ、ソイレントと言ったか!?」


「知っているんですの? ディアローズ」


「エレノール、貴様……ナチュラルに呼び捨てにしたな。……まあよい。油断するな連中は……」


「ちぇすとーっ!」


 ディアローズの言葉も聞かず、テルシスはバカでかい剣を装備したほうのゼニスへと挑みかかった。剣と言っても、ほとんど鉄板のような見た目の異様な物体だ。明らかに機体そのものよりも長い。こんなモノを装備していては、いかなゼニスとはいえ機敏には動けまい。


「……」


 が、そんな甘い予想はもろくも崩れ去った。切っ先に装着されたロケットエンジンが瞬き、大剣が急加速して飛び掛かってきた"ヴァーンウルフ"へとギロチン刃めいて襲い掛かった。


「ぬっ!?」


 さすがの"ヴァーンウルフ"も、こんな規格外の一撃を喰らってしまえばタダではすまない。テルシスは即座に操縦桿を引き、宙返りしながら逆噴射をかけた。輝星ならば一瞬で圧死してしまいそうな猛烈なGに耐えつつ、敵機を睨みつけるテルシス。


「迂闊」


 が、攻撃はこれだけでは終わらなかった。白黒のゼニス・タイプの両肩で、二本の奇怪な形状のアームがうごめく。その先端には、鋭いカギ爪とブラスターの砲口が備えられていた。


「副碗だと!?」


 左右の副碗の砲口が、同時に火を噴いた。低出力の粒子弾が"ヴァーンウルフ"の深紅の装甲を焼き、焦げ跡を作る。一撃では貫通しなかったものの、副碗のブラスターはマシンガンめいて光弾を吐き出し続ける。


「さすが"天剣"を名乗るだけのことはあるっ!」


 低出力弾とはいえ、浴び続ければ回生装甲のコンデンサーがパンクしてしまう。衝撃や熱を電気に変換して受け流すこの装置が失われれば、ストライカーの装甲など飾りと同じだ。テルシスは獰猛な笑みを浮かべつつ、機体を翻して華麗にビームを回避した。


「遅い」


 が、狙いすましたようにもう一機のゼニスが大型砲のビームを"ヴァーンウルフ"の進路上へと投射した。光の壁めいて立ちふさがる大出力ビームに、さしものテルシスも冷や汗を浮かべる。このままでは、機体は一撃爆散だ。もはや回避が間に合うタイミングではない。


「ぐっ……!」


「これだから脳筋ノーキンはっ!」


 それを救ったのは、ノラだった。砲弾めいて飛んできた"ザラーヴァ"が、"ヴァーンウルフ"に体当たりをかましたのだ。破滅的な大音響が氷山に響き渡り、くらくらするような衝撃がコックピットを襲う。が、これによりなんとか敵の射線からは逃れることが出来た。


「すまぬっ!」


「貸しイチ、デスよ」


 衝撃で脳を揺さぶられためまいをこらえつつ、ノラは砲撃型のゼニスを睨みつけた、尋常ではない威力のブラスターを装備している。おそらく、中型以上の巡洋艦の主砲の同等品だろう。いくらゼニスとはいえ、こんなものを運用できる機体は聞いたことがない。


「どうやら、単なるピンチヒッターではないようデスね……ディアローズ! こいつのことをしってるんでしょ? さっさと吐くのデス」


「ぬう、貴様まで呼び捨てを……」


 天を仰ぎつつ、ディアローズは嘆いた。とはいえ、今はそれどころではない。彼女はテルシスらとは離れた場所で戦っているため敵ゼニスを直接目視はしていないが、どのような状況になっているのかは通信内容から推察できる。


「そやつらは、遺伝子改良を受けたクローン兵だ。名をソイレント・シスターズという。機体のほうも特別製の専用機で……」


 元次期皇帝という立場から、ディアローズは軍の暗部にも詳しかった。記憶をたどりつつ、言葉をつ続ける。


「"天剣""天雷"に対応した機体ならば、前者は"ガイスト・フェヒター"、後者が"ガイスト・アルテレリー"だろう。無茶なチューニングをしているぶん、基礎スペックは皇族専用機より上だ」


「機体もパイロットもゲテモノということですわね? ふん」


 面白くなさそうに、エレノールは吐き捨てた。ディアローズが語っている間もソイレント・シスターズとやらは猛攻を仕掛けてきている。テルシスらは、凌ぐだけで精いっぱいだ。


「その通り。貴様らとて、油断すれば倒されかもしれぬ。油断するでないぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る