第二百六十四話 氷山の戦い(3)

 ディアローズの奇策により、近衛隊の隊列は一気に乱れた。こうなれば、準備万端の状態で待ち受けていた皇国側が有利になる。


「ぐうっ!」


 "ヴァーンウルフ"が振り下ろした長剣をなんとかシールドで受け流しつつ、近衛兵が呻く。シールド表面に描かれていた皇帝の紋章が、バチバチと火花をあげつつ削り取られた。


「これではどちらが攻め手だかわからないなっ!」


 喜悦混じりの叫びをあげつつ、テルシスは"レニオン"の腹に膝蹴りを見舞う。破滅的な音響とともに、艶のある黒の機体がふっとんでいった。


「とどめを……」


「させるかッ!」


 剣を構えなおした"ヴァーンウルフ"に、"レニオン・ボーゲン"のロングブラスターライフルが撃ち込まれる。赤い光弾を、テルシスはひらりと舞うように回避した。


「ちいっ!」


 第二射を放つべく照準を修正する近衛兵だったが、次の瞬間"レニオン・ボーゲン"の胸で大口径砲弾が炸裂した。漆黒の機体は一瞬にして爆散し、四肢や装甲片が四方八方に飛び散る。


「援護なら任せてくださいよ!」


 そう叫んだのは、多脚戦車に乗った戦車兵だった。皇国惑星軍の車両だ。宇宙で働けなかった分は地上で取り返すつもりなのだろう、彼女らの士気はすさまじく高かった。


「助かるっ!」


 "ヴァーンウルフ"は一騎討ちを得意とする機体だ。敵がわらわら湧いてくるような戦場は得意ではないが、近接火力支援があれば話は別だ。

 獰猛な笑みを浮かべつつ、テルシスはスラスターを全開にした。深紅のゼニスが砲弾のような勢いで"レニオン"に肉薄する。蹴り飛ばされた衝撃から立ち直りきっていない近衛兵に、これを回避する方法はなかった。甲高い音を立てつつ、長剣の刀身が"レニオン"の腹を刺し貫く。


「他愛無し!」


 力尽きた敵機を蹴り飛ばして剣を抜き、テルシスは機体を翻して後退した。数発の大口径榴弾が、付近の山肌に着弾する。砲弾の破片とドライアイスの塊が"ヴァーンウルフ"の装甲を叩いた。その耳障りな音に、テルシスが眉をひそめる。

 敵機動砲の砲撃は、いまだに続いていた。自己鍛造弾を内蔵したタイプの榴弾は、直撃せずともある一定範囲内のストライカーを撃破するだけの十分な威力がある。トップエースであるテルシスから見ても、十分以上の脅威だ。


「ストライカーはともかく、野戦砲は厄介だな。何とかならぬものか」


 "えーぶい"の影響か、明らかにやる気のないそぶりを見せる敵機も少なくない。だが、砲兵は別だ。情けない前衛部隊を督戦するように、遠距離砲撃は熾烈さを増していた。


「味方砲兵が対砲兵射撃どころではない以上、われわれで対処するほかありませんわ。わたくしたちに突撃許可を!」


 エレノールが甲高い声で喚いた。一方的に砲撃され続けているため、随分とフラストレーションがたまっているようだ。


「やめよやめよ! 貴様らが戦線から離れたら、敵の攻勢を支えきれぬぞ!」


 呆れたような声で叫ぶのは、ディアローズだ。先ほどから何度も似たようなやり取りをしているため、流石に少し飽きたような声音だ。


「"レニオン"をぽんぽん墜とせるのは、貴様らだけなのだ。自分たちの役割がどれだけ重要なのか、理解するのだ」


 実際、周囲の"クレイモア"や"ジェッタ"は、多脚戦車と連携することでやっと拮抗できているような有様だ。いくら近衛隊の士気が低下しているとはいえ、機体性能やパイロットの差は埋めがたいものがある。

 そこでシュレーアとディアローズは、一般部隊に敵の足止めをさせ、その隙にゼニス部隊が攻撃を仕掛けるという戦術を採用していた。いかに近衛隊の士気が低下しているとはいっても、テルシスらが戦列から離脱すれば、敵の突破を許してしまう可能性も十分にある。


「むう……」


 そうはいっても、テルシスにしろエレノールにしろ突撃バカに分類される人間だ。守勢に徹しろと言われれば、不満を覚えないはずもない。二人はほぼ同時に頬を膨らませた。


「お貴族サマは我慢が利かなくて駄目デスねえ!」


 ノラが揶揄するような声を飛ばした。彼女自身も敵の猛砲撃には辟易しているが、そんなことはおくびにも出さない。


「いいんデスよ? 砲兵退治に言ったって。その間にワタシは撃墜スコアを稼げるワケデスから」


「言ってくれる……!」


 年下からの煽りに、テルシスは苦笑した。そう言われると、逆に突っ込み辛いものがあった。仕方なく、次の獲物を探すのだが……。


『高熱源体感知!』


 電子音声の緊張感に欠ける報告と同時に、テルシスの首筋に冷たいものが走った。ほとんど反射的に、スラスターを焚いてその場から飛びのく。

 次の瞬間、さきほどまでテルシスの居た山肌に極太のビームが突き刺さった。ドライアイスが一瞬で気化し、大爆発を起こす。"ヴァーンウルフ"はそれをモロに食らい、吹っ飛んでしまう。


「ぐ、戦艦の砲撃か?」


 軽業じみた動きでなんとか機体を無事に着地させつつ、テルシスは砲撃の出所に目を向ける。空だ。そこには、身の丈よりも巨大な大砲を構えた白黒のストライカーと、これまた巨大な刀を背負った同色の機体が浮かんでいた。

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