第二百六十三話 氷山の戦い(2)
味方の砲撃を盾にしつつ、"レニオン"部隊はじわじわと前進を続ける。火力面で劣勢な皇国側としては、戦いにくいことこの上ない戦法だった。
「流石は近衛と言ったところか……!」
突撃してきた"レニオン"のロングソードをフォトンセイバーで受け止めつつ、ディアローズは歯ぎしりした。ゼニスのパワーを生かして跳ね飛ばし、頭部機銃を撃ち込む。漆塗りのように艶やかな漆黒の装甲の表面で小口径弾が弾け、派手な火花が散った。
「そのくらいで!」
「ぬぅ……!」
もともと牽制射撃でしかない攻撃だが、精鋭部隊だけあってこの程度では隙を見せることはなかった。"レニオン"は被弾するのも構わず、再び突っ込んでくる。
「やらせはしないッ!」
が、真横から飛び出してきた"コールブランド"の
「悪いな」
「ふん、我が愛を傷つけられるわけにはいかないからね。しかし、腕が鈍ったんじゃないかい?」
厭味ったらしい口調のヴァレンティナに、ディアローズは肩をすくめた。言い返したい気分はあるが、敵に後れを取ったのは事実だ。
「それもあるし、相手も良くない。母上の近侍だ、一筋縄で勝てる相手ではないな」
「ま、否定はしないが……とにかく、キミはさっさと後方に下がり給え。危なっかしくて見ていられないからね」
「ふん……」
言い返したい気分はあったが、ディアローズはため息を一つ吐いて忠告に従った。とはいえ、急峻な山脈での戦いだ。射線が通りにくいため、射撃戦がしづらいことこの上ない。その上、隙あらば敵機動砲の砲撃が飛んでくるのだ。
「これなら、カービンかマシンガンでも持ってきた方がマシだったな。ロングライフルでは……」
スラスターを焚いて後退しつつ、遠くに見える"レニオン"にビームを発砲する。凍てついた大気を切り裂くようにして飛んだビームはしかし、敵機がさっと隠れてしまったせいで氷山の山肌を焼くだけで終わった。
「変わろうか?」
「心配するでない!」
輝星の声に、ディアローズは鋭い声で言い返した。醜態を見せるのは恥ずかしいが、だからと言ってここまで来てパイロット交代は恥ずかしすぎる。それに、彼女としても輝星にコントロールを返せない理由があった。
「……そうだ、せっかくあのビデオを使ったのだ。ここでも有効利用させてもらおう!」
「ンンッ!?」
聞き捨てならない言葉に輝星は顔色を変えたが、彼が止めるより早くディアローズは無線を共通回線につないだ。
「やあやあ、皆の者。久しぶりだな」
「こ、この声は!」
"レニオン"のパイロットたちに動揺が走る。彼女らは、普段から皇帝の身辺警護を担当している者たちだ。とうぜん、その娘であるディアローズとも直接の面識があった。彼女の声を聞き間違えるはずがない。
「
明け透けな言いように、輝星は口をぱくぱくさせた。しかし、無線がつながっている状態では声が出せない。ディアローズが男連れであることが露見すれば、火に油を注ぐ結果になるのは明白だ。
「や、や、やっていい事と悪いことがあるんですよッ! 殿下……いえ、元殿下!」
「見損ないましたよ! ディアローズ様が男に責められて喜ぶドヘンタイだったなんて!」
案の定、近衛隊からは罵声が飛んでくる。
「くくく、羨ましかろ?
「ぐぬぅーッ!」
近衛兵たちは激怒した。男日照りの長い航海を終えた末にあんなものを見せられては、たまったものではない。女性受けのSMプレイは多くのヴルド人女性にとって、あまり性癖にあっているとは言い難いものの、欲求不満の状態で見せられればやはり思うことはある。
「いかにディアローズ様とは言え、許せる行いではない! ただで済むと思うなよ!」
怒りに身を任せ、周囲で戦っていた近衛兵たちがみるみる集まってくる。当然、その矛先はディアローズだ。猛烈な射撃が"エクス=カリバーン"に向けて飛んでくる。彼女はあわてて機体を岩陰に隠した。
「いまだ! 攻め時だぞ、行けっ!」
「ろくでもねー事しかできねえのか、お前はっ!」
呆れた声で叫びつつも、サキが"レニオン"に斬りかかる。実際、挑発によって近衛隊の隊列は乱れに乱れていた。攻撃仕掛けるチャンスであることは確かだろう。
「ふっ、自らを囮にして隙を作るこの作戦……流石
「褒めたいところだけど褒めにくい作戦だなあ!」
半目になって、輝星は叫んだ。
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