第二百六十二話 氷山の戦い(1)

 ストライカー部隊によって"ヴァライザー"の撃破を狙うという作戦自体は、シュレーアやヴァレンティナも予想していたことだ。とはいえ、そこは帝国最精鋭たる近衛隊。迎撃も一筋縄ではいかない。


「くっ……」


 飛んでくる氷塊を回避しながら、シュレーアは呻いた。目の前にあった氷山が、大量の榴弾の直撃をうけて爆発四散したのだ。帝国砲兵隊は機動砲を持ち出し、文字通り地形の代わるような猛砲撃を繰り返している。


「対砲兵射撃を急ぎなさい!」


 機動砲の射程は長大であり、ストライカーの手持ち兵装で反撃するのは不可能だ。当然、それに反撃するのはこちらの砲兵や艦砲の仕事になってくる。


「やっとりーす!」


「じゃあなんで敵の砲撃が……うわっ!?」


 "ミストルティン"からそう離れても居ない場所の氷山が、再び砲撃を浴びた。純白の山肌が、火山の噴火かと錯覚するほどの爆炎に包まれる。榴弾に内蔵された自己鍛造弾の一部が、"ミストルティン"の装甲を叩いてひどく耳障りな音を立てる。


「こ、この……!」


 装甲は貫通されなかったが、被弾による衝撃はシュレーアの肝を冷やすには十分すぎるほどのものだった。一瞬の怯えを即座に怒りに転嫁し、操縦桿のトリガーに指をかける。いっそ、自分で反撃してやろうかと思ったのだ。


「突っ込むならお供するぜ?」


 するりと寄ってきた"ダインスレイフ"から通信が飛んでくる。サキと合流したのはほんの先ほどのことだが、やはり彼女もこの状況には腹に据えかねる者があるらしい。


「……いえ、無策な突撃をするわけにはいきません」


 しかし、それが逆にシュレーアの精神に冷水を浴びせかけた。強引な力攻めを行って、味方に被害を出すわけにはいかないのだ。代わりに彼女は、機体を後退させつつ味方砲兵部隊に問いかける。


「なんとかならないのですか? 砲兵を倒すのも砲兵の仕事ですよ!」


「そうは言われても……」


 詰問された砲兵将校は、ひどく困ったような声を出した。


「練度も砲の門数も、向こうが上ですわ。そもそも、こっちの火力部隊の主力は敵艦隊の閉塞に全力を注いでるわけで……予備部隊リザーブだけで帝国御自慢の砲兵隊に真正面から立ち向かうのはきついですわ!」


「むう……」


 シュレーアは唸った。砲兵将校の言う通り、皇国軍の重砲・要塞砲・ロケット砲・艦砲など、ありとあらゆる遠距離攻撃兵器はその砲口を帝国艦隊に向けている。皇帝は"ヴァライザー"を警戒しているが、あの兵器は応急修理しか終わっていないのだ。攻撃を受けずとも、いつ射撃不能になるのかわかったものではない。

 で、あれば、牽制のための射撃は通常の火力部隊が行う必要がある。その結果がこれだ。シュレーアたちは、完全に火力劣勢に立たされていた。もう何度目になるのかわからない猛砲撃が、またも氷の山脈を襲う。まき散らされる金属片とドライアイスから逃げるため、一行はさらに後退した。


「あまり焦るでない。我々が少々後退したところで、大きな問題はないのだぞ? 縦深は十分にある。要するに、"ヴァライザー"にまで敵がたどり着けなければ良いのだ」


 涼やかな声で、ディアローズが言う。相変わらず"エクス=カリバーン"の操縦桿を握ったままの彼女は、シュレーアらと違い余裕の表情を浮かべていた。


「あと少しばかりの間、あの穴倉へ皇帝共を押し込み続ければ、それで我らの勝ちなのだ。どっしり構えているのだ」


 ディアローズの声に、シュレーアは妙な安堵を覚えた。猛砲撃の中でも彼女は威風堂々としており、理路整然と作戦を語るだけの余裕があった。将としては百点満点の態度だ。帝国軍に居た頃に見せた醜態を想えば、まるで別人のようだ。

 が、本来そうやって部下を安心させるのは、総大将であるシュレーアの仕事であるはずだ。にもかかわらず、逆に安心させられる側へと自分が回っていることを自覚して、シュレーアはひどく赤面した。


「時間稼ぎだけ? それだけで勝てるとなると、一体どういう作戦を組んでるのか本当に気になるね」


 "エクス=カリバーン"の前部座席で、輝星が腕を組む。作戦について詳しく聞いたところでのらりくらりと躱されてしまうのはすでに分かり切っているが、気になるものは気になる。操縦権を奪われて手持無沙汰なのをいいことに、彼はしばらく思案し続けていた。


「ちょっとばかり派手なことをする。わらわの策だからな、ご主人様のようにスマートにはいかぬさ」


「ふぅん……」


 輝星は少し唸ってから、腰のホルスターをまさぐった。中から取り出したのは、小袋に入った飴玉だ。包装を剥き、ディアローズに差し出した。彼女の声に、ほんの少しだけの動揺を感じ取ったのだ。


「ン、すまぬな」


 そのピンクの砂糖塊を見たディアローズは微笑み、輝星の耳元に口を寄せる。


「出来れば口移しでもらいたいがな?」


 無線のマイクが拾わないような、かすかな囁き声だった。その色っぽい声音にゾクゾクしたものを感じつつ、輝星は同様の声音で返す。


「また今度ね」


 こんなところで唾液の交換をすれば大変なことになる。むろん、ディアローズなりの冗談だ。


「楽しみにしておく」


 そうディアローズが言ったところで、いままでで最大級の爆発が氷山の山肌で炸裂した。その衝撃で大規模な崩落が発生し、慌ててスラスターを焚いて機体を浮かせるディアローズ達。

 その一瞬の隙を突き、爆炎をかき分けるようにして漆黒のストライカー群が突入してきた。近衛隊だ。


「連中もしびれを切らしたらしい。いい傾向だ、焦った突撃など成功せぬと教育してやろう」


 まるで指揮官のような口調でそう言いつつ、ディアローズはブラスターライフルを構えた。

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