第二百六十話 爆弾投下

 電子巡洋艦による電波ジャックは、速やかに実行された。この区画に皇帝艦隊を追い込むのは最初から予定されており、大峡谷付近にはアンテナまで大量敷設されており、いか帝国の技術力が優れているとはいえ、まともに抵抗できるものではなかった。


「データリンク・システムが攻撃を受けています!」


 オペレーターの悲鳴じみた声に、皇帝はアームレストを力任せに殴りつけた。榴弾やロケット弾の絶え間ない着弾により、"オーデルクロイス"の艦橋は衝撃波でビリビリと震えている。ただでさえ気が滅入る状況だというのに、これ以上なんだというのか。皇帝は、ぎりぎりと歯ぎしりする。


「なんとかしろ!」


 そう叫んだ時にはもう遅かった。環境正面のメイン・モニターが一瞬ブラックアウトしたかと思うと、突然謎の動画が再生され始める。そう、輝星らが以前撮影した"えーぶい"だ。


『じゃあ、まずは自己紹介してもらおうか』


『ディアローズ・ビスタ・アーガレイン……二十七歳です……』


 卑猥な衣装をまとったディアローズの姿を見て、艦橋内に居る全員が目をむいた。


「なんだこれは!」


「わかりません!」


 オペレーターの声は、ほとんど泣きそうなものだった。戦闘中に視聴するにはあまりにもひどすぎるその映像は、モニター上で粛々と流れ続けている。

 腐っても皇帝だ。この映像がどういう意図で送られてきたのかは、とうに看破していた。ディアローズを知らぬ者など、軍内部には一人たりともいない。その知名度を生かし、彼女の醜態を見せることで全軍の士気を下げようというのだろう。


「こ、このっ……! 産んでやった恩も忘れよって……!!」


 こんな悪辣な策は、ヴァレンティナの頭で思いつけるものではない。この作戦を立案したのは、間違いなくディアローズだろう。鞭でシバかれ、嬌声を上げる彼女を見つつ、皇帝は血が出るほど強く手を握り締めた。


『マゾですっ! ご主人様に苛められるのが大好きな、ド変態が私ですっ!』


 だれかが、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。戦闘中だというのに、ほとんどの艦橋クルーの視線は嬌態きょうたいを映し出す正面モニターに向けられていた。

 戦場に男など連れ込めるはずもなく、精鋭たる帝国軍人とて全員が男日照りの欲求不満状態にあることには変わりない。そんな状況でこんな映像を見せられれば、平常心でいられるものなどそういない。


「羨ましい……」


 熱のこもった声が、皇帝の耳に飛び込んでくる。ディアローズの相手役の男は、老若に魅了するような、とびっきりの美少年だった。激怒している真っ最中の皇帝すら、その顔を見ればぽうっと見惚れてしまいそうなくらいだ。

 脳を支配する邪念に、皇帝は思わず頭を振る。今はそれそんなことをしている場合ではないのだ。気合を入れるため、自らの頬をぱんと叩いたところで、ふと彼女の背中に冷たいものが走った。


「……この映像は、"オーデルクロイス"のみが受信したのか?」


 ハッキングを切断しようと四苦八苦している電子戦担当の士官を、皇帝は問いただした。若い士官は汗まみれの顔を真っ青にしつつ、首を左右に振る。


「この映像はデータリンク・システム経由で送られた物ですので……艦艇はもちろん、データリンクに接続されている兵器すべてでこの映像が再生されているのではないかと」


「つまり……駆逐艦だろうがストライカーだろうが、例外なく……という事か!?」


「はい……」


 皇帝は、握っていた扇子を床に叩きつけた。


「ふ、ふざけるな!!」


 モニターには依然、鞭で打たれてこの上なく幸せそうな表情を浮かべているディアローズの姿が映し出されている。その様子はとても演技などには見えず、色ボケバカ娘としか言いようのない風情だった。

 この女が、そこらの馬鹿貴族だったのであればまだよかった。しかし残念ながら、ディアローズは皇帝の実の娘であり、帝国の次期皇位継承者だった。こんな馬鹿を産んだのも、次期皇帝に任命したのも、皇帝自身だ。責任を問われないはずがない。


「ふざ、ふざけるな! ふざけるなあっ!!」


 壊れたように繰り返しつつ、皇帝は地団太を踏む。敵に背を向けて無様な撤退を見せた直後のこの事件だ。部下からの畏敬は吹き飛び、皇帝の権威は滅茶苦茶になってしまった、これから先、皇帝はあのハレンチ女の親だと後ろ指を指され続けることになるのだ。この評判は、そう簡単に挽回できるものではない。


「艦を浮上させろおッ! 余自らこのド腐れを征伐してくれるッ!」


「し、しかし……」


「命令が聞けんのかッ!!」


「は、はっ!」


 操舵手が冷や汗をかきつつ、高度を上昇させる。皇帝の命令は、反射的に従ってしまう癖がついているのだ。だが、こんな状況で高度をあげれば、大変なことになる。


「うわーっ!?」


 "オーデルクロイス"に激震が走った。榴弾とロケット弾がダース単位単位で着弾したのだ。安全地帯である峡谷から飛び出せば、当然こうなる。

 重装甲の戦艦だから、この程度ではアンテナや対空機関砲座が損傷する程度のダメージしかうけない。しかし次の瞬間、こんどは戦艦からの艦砲射撃が"オーデルクロイス"に降り注いだ。帝国戦艦が、待ち伏せをかけていたのだ。


「ぐっ!」


 皇帝は先ほどの物よりかなり大きい衝撃を、シートにしがみつくことでなんとか耐え抜いた。熱く燃えていた精神が一気に沈静化し、泡を食って叫ぶ。


「急速降下!」


 操舵手は、その声にまたも条件反射的に従った。反重力リフターを一瞬だけカットし、"オーデルクロイス"はつかの間の自由落下に入る。それだけで、キルゾーンからは容易に脱出することが出来た。


「報告! 主砲第三砲塔が損傷し、旋回が不能になったそうです。また、第二射撃指揮所にも直撃を受け、多数の死傷者が……」


 聞こえてくる被害報告に、皇帝の血圧はスッと下がっていった。一瞬気を失いそうになり、彼女は慌てて額を押さえた……

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