第二百五十九話 穴倉

 皇帝艦隊が逃げ込んだのは、谷底まで数千メートルはあろうかという大峡谷だった。起伏に富んだガレアeでも屈指の深度を誇る谷であり、戦艦中心の大規模艦隊でも、なんとか身をひそめることが出来るだけの広さがある。


「や、やりましたね」


 その姿を見たシュレーアが、ほっと胸を撫でおろした。近衛隊も皇帝を追って谷間に撤退したため、皇国艦隊は悠々と高度を下げることが出来る。その主砲群は表現に突き刺さった帝国戦艦に向けられており、しきりに砲炎が上がっていた。


「とにかくこれでひと段落だが……」


 ディアローズは唸りつつ、現在の時間を確認した。口元を若干ゆがめ、肩をすくめる。


「だが、まだ・・だな。もう少し時間を稼がねば」


「今回の作戦は、妙に時間を気にしてるな」


 手持ち無沙汰な輝星が、腕組みをしつつ聞いた。


「まあな……」


 煮え切らない声音のディアローズは、そのまま黙ってサブモニターの画面を戦術マップへ変えた。何かしら、言いたくない事情があるようだ。いい加減話してほしいと輝星は口をへの字にしたが、根掘り葉掘り聞くようなことはしない。


「あの谷がいかに広いとはいえ、艦隊が行動できるほどの幅がある場所は限られている。いつまでも隠れていられない以上、連中は早々にこちらを突破しようとしてくるはずだ」


「と、なるとまず狙われるのは"ヴァライザー"かな。あれがある限り、向こうは浮上できないはずだ」


 そう語るヴァレンティナの目は、遠くに見える歩行要塞"ヴァライザー"に向けられていた。機動力は低いが抜群の火力と装甲を誇るこの種の兵器は、このような状況において非常に頼りになる。もっとも、突貫工事で無理やり戦線復帰させただけなので、まともに動くこともままならないひどい状態だが……。


「艦隊は浮上できぬが、ストライカーなら山岳部を縫って"ヴァライザー"に接近できるだろう。今しばらく、あのデカブツは持たせたい。迎撃の準備をさせておけ」


「ええ、分かっています。そろそろ、地上に配備していた惑星軍の攻撃が始まるはず。ストライカーの突破を許さないよう、厳命して……」


 その時、地平線の彼方から無数の砲弾やロケット弾が飛来した。それらは流星雨のように大峡谷へと降り注ぐ。猛烈な爆炎と堆積していたドライアイスの粉末が上空に向けて噴出した。

 これらの攻撃は、皇国・ヴァレンティナ派連合軍の火力部隊が放ったものだ。皇帝の読みは外れており、地上には大量の惑星軍が待ち構えていた。今頃、旗艦"オーデルクロイス"では皇帝がさぞ憤慨しているだろう。ディアローズはくつくつと影の籠った笑い声を漏らした。


「しばらく見物していたいくらいには壮観だな。すばらしい」


 満足げに頷きつつ、ディアローズは機体を氷山の一角に着地させる。熱のこもった足裏にドライアイスが触れ、白煙を噴き上げる。遠くでは、いまだに火力部隊の砲撃が続いていた。ガレアeの薄い大気越しにも、砲弾やミサイルが着弾する爆音が遠雷めいて聞こえてくる。


「とはいえ、大半が20cm砲や24cmロケット弾です。戦艦に致命打を与えられる火力ではありませんし、そもそも急な峡谷地形ですから……派手なだけで、命中弾はほとんどないのでは」


 "エクス=カリバーン"のとなりに機体を着陸させつつ、シュレーアが釘をさす。その声は、流石にひどく疲れていた。作戦が始まって、すでに半日近くが経過している。丈夫なヴルド人とはいえ、流石に体力の限界が近かった。


「派手ならばそれで構わぬ。要するに、連中が頭をあげようなどという気を起こさなければ良いのだからな」


 地形が変わるほどの砲撃だ。たしかに、この状態で艦隊を浮上させようとは思わないだろう。中口径の砲弾やロケット弾でも、直撃すれば無傷という訳にはいかないのだ。


「そうですね。ガレアeには、皇国軍の備蓄していた弾薬のほとんどすべてを持ち込んでいます。しばらくの間は全力射撃を続けられるでしょう」


 この作戦は、最終決戦のつもりで準備をしてある。物資も戦力も、ここで使い果たしても構わないというつもりの大盤振る舞いだ。


「もうひと頑張り、というところだな。ディアローズ、久しぶりの実戦だが……体力は大丈夫か? もう動けないというのなら、いったん後方に下がってもわたしは一向にかまわないが」


 揶揄する口調で、ヴァレンティナが聞く。実際、彼女が心配しているのはディアローズではなく輝星だ。だいたい、ディアローズが操縦を担当し始めたのはほんのさっきであり、ヴァレンティナらのほうがよほど疲れているだろう。ほとんど嫌みのようなものだ。ディアローズは、思わず渋い表情になる。


「……さて。と、なれば好機だ。タコツボに詰め込まれた皇帝共は、さぞはらわたが煮えくり返っているだろう。火に油どころかガソリンを注いでやることにしようか?」


「うっ……とうとうアレを使う気かい?」


 ヴァレンティナは、ひどくげんなりした表情になった。

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