第二百五十八話 落日の始まり(2)
「ほ、砲撃目標を"ヴァライザー"に変更だ! 早く叩きつぶせ」
"ヴァライザー"の装備する超大口径砲は、装甲自慢の戦艦であっても一撃で破壊する威力を持っている。それを目の前で実演されたものだから、艦長は真っ青な顔になって反撃を命令した。第二射を許せば、次に消し飛ぶのは"オーデルクロイス"かもしれないのだ。
"オーデルクロイス"が装備する四基の三連装50cm砲が氷山の山頂に佇む"ヴァライザー"へと向けられる。もちろん"ヴァライザー"側からもそれは確認できているはずだが、歩行要塞は回避行動をとるどころか身じろぎをすることもない。
「一斉射撃、撃ち方はじめ!」
号令と共に、主砲が火を噴いた。"オーデルクロイス"だけではなく、ほかの戦艦もそれに続いて砲撃する。無数の真紅の光条が"ヴァライザー"を襲う。なにしろ下手な戦艦より大型の機械だ、外れる弾などほとんどない。
しかし、大出力ビームは"ヴァライザー"に直撃する寸前に、すべて不自然にねじ曲がって明後日の方向へと逸れてしまった。飛散粒子の一部が装甲を叩いたが、その程度では何のダメージにもならない。
「愚か者がッ! アレには斥力偏向シールドが装備されている、戦艦の砲撃程度では倒せぬ……!」
血の気が失せた表情で皇帝がわめいた。強烈な斥力によりビームも質量弾も逸らしてしまう斥力偏向シールドは、極めて強力な防御装置だ。もちろん限界もあるが、シールドを突破するには多少の時間が必要だ。その間に、皇帝の乗る旗艦を沈められてしまえば元も子もない。
「とにかく高度を下げろ! 敵の射線から逃れるのだ!」
「し、しかし敵艦隊が……」
参謀の一人が呻く。皇国艦隊はすでに砲戦距離まで接近しているが、向こうは砲撃をしかけてこない。弾切れというのは本当らしく、攻撃を仕掛ける絶好のチャンスだ。
「うるさい! あのような寄せ集め艦隊はいつでも倒せる! とにかく高度を下げるのだ!」
「は、はっ!」
操舵手の操作により、艦首が地上へと向けられる。そのまま艦尾のスラスターを全開にし、"オーデルバンセン"は弾かれたように加速した。艦内は慣性制御と人工重力により保護されているが、それでも急激な動きで少なくない数のクルーが転倒してしまう。
当然、僚艦たちもそれに続いて降下を始める。歩行要塞などと正面から砲火を交えたくないのはみな同じだ。
「地形図によりますと、この付近に艦隊が潜めそうな大渓谷があります。いったん、そこへ退避しましょう!」
「よし、許可する。急げ!」
"ヴァライザー"は山頂に陣取っているため、その射角は極めて広い。少々逃げたくらいでは逃れられないだろう。その点、渓谷ならば射線を完全に切ることが出来るだろう。ガレアeが起伏に富んだ地形で良かったと、皇帝はほっと息を吐いた。
「"ヴァライザー"の熱量が増大しています。第二射が……」
しかし、その安心も長くは続かない。索敵オペレーターが報告を終えるより早く、いっそ神話的といっていいほど派手な極太ビームが"オーデルクロイス"の真横を通過していった。かすりもしなかったというのに、飛散粒子だけで対空機関砲座や高角砲塔が弾け飛び、ポップコーンのような音を立てた。
「……」
直腸に氷水を流し込まれたような表情で、皇帝は身を震わせた。艦橋内は警告音やブザーが鳴り響き、各所から上がってくる被害報告をオペレーターが震える声で読み上げている。楽勝ムードから一転、完全に修羅場の様相を呈していた。当然、みな目の前にいる皇国艦隊のことなど頭から吹き飛んでいる。
「た、退避を急げ!」
今回は運よく外れたが、次も大丈夫だとは限らない。皇帝は半分パニックになっていた。「すでに全力です!」と操舵手が叫んだ。
その言葉は嘘ではなく、真っ白い氷山群がみるみるうちに目の前に迫ってきた。対地高度が三千を超えたあたりで操舵手は船体を反転させ、艦尾を地上に向ける。猛烈な勢いの逆噴射で、速度計の数値がぐんぐんと下がっていった。
「敵駆逐艦、ミサイル艇群接近!」
「んんーッ!!」
索敵オペレーターの報告に、皇帝がくぐもった悲鳴を上げた。どこからともなく現れた小型艦の部隊が、いつのまにか艦隊に肉薄していたのだ。
泡を食った様子で迎撃の火箭が上がるが、急制動の真っ最中でありまともに照準が出来ない。いくつかの駆逐艦が爆発四散したが、大半の艦が有効射程内まで接近することに成功し、装備された砲塔式の多連装ガンランチャーから対艦ミサイルを吐き出す。
「総員、対ショック姿勢!」
対艦ミサイルの雨が帝国艦隊を襲う。"オーデルバンセン"に命中弾はなかったが、いくつかの戦艦と巡洋艦が横っ腹に直撃を受けた。巡洋艦はそれだけで航行不能になり、地表に激突して爆発した。戦艦も無事では済まず、煙をあげつつ氷原に突き刺さる艦もあった。
「ぬぅーッ!」
悔しげに顔を紅潮させる皇帝だったが、今は駆逐艦などの相手をしている暇はない。十キロほど離れた場所にあるバカでかい谷を指さし、叫んだ。
「急げ! 第三射が来るぞ!」
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