第二百五十七話 落日の始まり(1)

「ふん、屑共もなかなか粘るではないか……」


 帝国総旗艦"オーデルクロイス"の艦橋で、皇帝は倦んだような声で言った。彼女は指揮官席の背もたれに体重を預け、現在の戦況が表示された正面モニターをサッカーやバレーボールでも観戦するような態度で眺めている。


「まだ敵のストライカー部隊は突破できぬのか?」


「も、申し訳ありません」


 航空参謀が冷や汗を垂らしながら頭を下げる。近衛隊の精鋭を投入しているというのに、いまだに一機たりとも敵艦隊の懐に入り込むことが出来ていないのだ。格下相手にここまで手間取るのは、処罰が下ってもおかしくないほどの醜態だった。


「しかし、敵の抵抗も弱まってきています。あと少しすれば、突破に成功するのではないかと……」


 卑屈な笑みを浮かべつつ、航空参謀は続けた。実際、"エクス=カリバーン"を輝星ではなくディアローズが操縦することになったため、帝国側に向けられる圧力はかなり低くなっていた。今のところはなんとか戦えているようだが、じきに息切れするだろうというのが航空参謀の考えだった。


「ふん、低能どもめ……あまり失望させるでないぞ? 貴様らの代わりなど、いくらでもいるということをよく理解しておくことだ」


「もちろんでございます」


 ペコペコと頭を下げる航空参謀に嗜虐的な表情を向けていた皇帝だったが、ふと手元のモニターに視線を移した。タッチパネルをいじって、いくつかの情報を確認する。


「ふむ……やや加速をかければ、連中の艦隊の真上が取れるな、できれば、敵は地上に降りきるまでには殲滅をしておきたい」


 惑星ガレアeの地表は標高の高い山岳と非常に深い渓谷が入り混じった複雑な地形であり、あまり高度を下げられるとそれを利用して逃げられる可能性が考えられる。皇国艦隊は弾薬が欠乏しているので、補給を受けるまえに叩いておきたいという考えもあった。

 とはいえ、この調子ではいつまでたっても敵の殲滅は終わらない。少々危険でも、艦隊戦に持ち込むべきだろう。


「地上からの攻撃が考えられますが、大丈夫でしょうか?」


「ま、要塞砲の一つや二つくらいは連中も用意しているだろうが……この"オーデルクロイス"は、帝国戦艦最優の防御力を持つ。万一50Mwクラスの重砲を用意していたところで、遠距離ならばびくともせん」


 ましてや、相手は貧乏田舎国家のカレンシア皇国だ。そこまでの大口径砲を用意することなど、とてもできないだろう。


「無策で突っ込むのは愚か者のやることだが、ありもしない脅威に怯えるのもまた愚かだ。今は攻勢に移るべき状況と見て間違いないと思うが?」


 ほんの先ほどまで部下を盾にして後方に隠れていた人間のいう事ではないが、幕僚たちはみな追従の声を上げた。皇帝の方針に口を挟むような者は、例外なく左遷や処刑がまっているのがノレド帝国という国だ。皇帝の周りにいるのはイエスしか言わないやからばかりである。


「全艦に対艦戦用意をさせろ。我が艦隊はこれより敵艦隊に肉薄する」


 もともと、帝国艦隊はすぐに皇国軍に攻撃を仕掛けられるよう、着かず離れずの距離を保っていた。艦隊がスラスターに点火すると、あっというまに相対距離が縮まっていく。皇国艦の真上を押さえるような位置取りだ。

 迎撃に出るべきストライカー隊は、近衛隊の対処に精一杯でまったく対応することができない。皇国艦隊が光学観測できるほどの距離まで近づくに至っても、皇帝の前には迎撃機は一機たりとも現れることはなかった。


「もはや打つ手なしという訳か? 無様というより、いっそ哀れだな」


 艦隊戦で皇国軍の勝ち目がないのは明白だ。勝利を確信した笑みで、皇帝は笑う。


「敵艦隊、射程距離に入りました」


「よろしい、では――」


 その時、真紅の閃光が走った。巨大な滝の瀑布めいたビームの奔流が、"オーデルクロイス"の真横を航行していた戦艦に命中する。真紅に塗装された巨大な船体が、まるで溶鉱炉に投げ込まれたくず鉄のように溶解し、次の瞬間激しく爆発した。

 猛烈な衝撃波と散弾めいた鋼材の破片が、"オーデルクロイス"をしたたかに打ち据えた。さしもの巨艦も、これにはぐらぐらと船体が揺らぐ。操舵手が青い顔をして舵輪にかじりついた。艦の姿勢が突然変わったため、空気抵抗によって船体がスピンしかけたのだ。


「な、な、な、なんだ!?」


 あまりのことに、皇帝は顔色を失った。戦艦が一撃で爆散するなど、尋常の攻撃ではない。強い目つきで索敵オペレーターを睨みつけると、彼女は震える声で報告した。


「現在、砲撃地点を集中走査中です! もうすぐ結果が……出ました、正面モニターに表示します!」


 正面モニターに表示されたソレをみて、皇帝は絶句する。望遠の映像でやや画質は荒いが、その脚を生えた巨砲としかいいようのない武骨なフォルムは見覚えがある。皇国攻略のために帝国本国から送られた決戦兵器、歩行要塞モビルフォート・"ヴァライザー"だ。


「……外した」


 氷山の上で茫然と佇む"ヴァライザー"。そのコックピット・ブロックがあった位置は空洞になっており、紫色のゼニスが鎮座している。リレンの愛機、"プライスタ"だ。戦艦一隻撃沈という大戦果をあげながらも、彼女はひどく不満そうな様子だった。


「屈辱……」


「仕方ないですよ。砲身だって照準機器だって、滅茶苦茶に壊れてたのを無理やり直して使ってるんですから」


 "クレイモア"に乗った皇国兵が、リレンをなだめつつ砲尾にあたらしい粒子カートリッジを押し込む。その言葉に、彼女は不満げな息を漏らした。

 皇国軍は撃破した"ヴァライザー"を回収し、応急修理を施して戦線復帰させたのだ。まともに動くような状態ではないが、固定砲台くらいには使うことが出来る。とはいえ、元がひどい壊れようだっただけに、その命中精度は信用できるものではない。帝国最高の狙撃手であるリレンでも、狙った獲物を外してしまうほどだ。


「ふん……皇帝を仕留めれば、大金星だったのに」


 口をへの字にしつつ、リレンは照準スコープを覗き込んだ。

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