第二百五十四話 再突入(1)

 砲兵隊の支援によりなんとか近衛隊の追撃を逃れた輝星らは、即座に皇国艦隊と合流した。艦隊は現在、惑星ガレアeに降下すべく減速マニューバを実施中なのだ。おいて行かれるわけにはいかない。


「思った以上に敵の動きが早いでありますね」


 ため息を吐きながらそんなことを言うのは、通信先のソラナ参謀だ。偵察の結果について報告をしているのだが、敵の位置と皇国艦隊の現在位置を考えるに、作戦上の余裕があまりない事が分かったのだ。このままでは、地上に降りる前に敵に捕捉されてしまいかねない。


「戦艦部隊の弾薬は、完全に欠乏しているであります。唯一、徹甲弾はそこそこ残っているでありますが……」


 亜光速の弾速を誇る粒子弾と違い、徹甲弾は宇宙で使うにはあまりにも低速だ。かなりの至近距離まで接近しなくては、とても命中するような代物ではない。


「皇帝艦隊に対して接近戦をしかけるなど、無謀の極みだ。一方的にアウトレンジされて、近づく前に全滅してしまうぞ」


「で、ありましょうな」


 ディアローズの忠告に、ソラナは唸る。向こうの方が数も多いし、艦の性能も高いのだ。不利な条件で挑んだところで一矢報いることすらままならないだろう。


「最悪、再突入中の戦闘になるでしょうね」


 そう言うシュレーアの視線の先には、間近に迫ったガレアeの地表があった。漆黒の空に浮かぶ雪玉と言った風情のこの惑星は、薄い大気のヴェールを被って白く輝いていた。


「艦隊はあくまで退避に集中し、地上の火力部隊と我々ストライカー部隊で足止めします。極低軌道なら、例の兵器・・・・も射線が通るでしょう?」


「味方が戦っている最中に、アレをぶっ放す気でありますか……」


 アレとはいったい何なのか。輝星は小首をかしげた。作戦についての細かい部分は、防諜のためにあえて聞かされていないのだ。とはいえシュレーアやソラナの話にくちばしを突っ込む気にもならない。彼は沈黙を貫いた。


「まあ、致し方ないでありますな。発砲前に必ず警告を出すよう、リレン氏に伝えておくであります」


「お願いします」


 シュレーアは、やや疲れたような声で答えた。戦闘が開始して、すでに半日近い時間が経過している。多少の休憩時間は取れたとはいえ、ほとんど戦いっぱなしだ。いくら強靭なヴルド人とはいえ、辛くなってきているように見える。


「……これから、という時に悪いがな」


 そして、疲れているのはシュレーアだけではない。ヴルド人よりはるかに体力が劣る地球人が、ここにはいるのだ。明らかに疲労困憊な様子の輝星に、ディアローズはおずおずといった様子で話しかけた。


「何?」


 ドライフルーツ入りのエナジーバーをかじりつつ、輝星が聞き返す。できれば暖かいものが食べたいが、引き離したとはいえ敵はすぐ近くにいるのだ。いつ戦闘が再開するかわからない以上、悠長に食事をしている暇はない。


「操縦を代わって貰えぬか?」


 "エクス=カリバーン"のコックピット・ブロックは練習機のコックピットを改造した代物なので、後部座席にも操縦に必要な機材一式は装備されている。ディアローズは、それを有効活用したいらしい。


「そりゃまた、どうして?」


「作戦の進捗度は、まだせいぜい半分程度なのだ。ここでご主人様に倒れられてしまっては、こまるであろう?」


「むう」


 本音で言えば反論したいところであったが、自分の体力の無さを知っている輝星は思わず口をへの字に結んで唸った。確かに、このまま戦いが長引けば近いうちに限界が来そうな気配はある。輝星も何年も傭兵生活を続けている身なので、自分の限界もある程度理解していた。


「私としても賛成ですね。敵は強力ですが、これからは味方の支援下で戦えます。"エクス=カリバーン"自体、性能はかなり高い機体であるわけですから……ディアローズがパイロットを務めても、あるある程度は戦えるでしょう?」


「うむ。流石にご主人様ほど活躍しろと言われれば無理だが、一兵士として動く分には問題ない」


 にやりと笑って、ディアローズは手元の操縦桿をぽんぽんと叩く。


「大丈夫かな? もし裏切ったりしたら……」


 ディアローズのことが信用しきれないヴァレンティナが、腕を組みつつ眉間に皺を寄せる。輝星は強力無比なパイロットだが、生身の戦闘力は極めて低い。機体のコントロールを手にすれば、彼女が輝星を攫ってどこかへ逃げるのは簡単なことだ。


「大丈夫ですよ。あのビデオがある限り、ディアローズは帝国軍には戻れません」


「なんかエロい本に出てきそうなセリフだな……」


 輝星が半目になってボソリと呟いた。それを耳にしたディアローズは、くつくつとくぐもった声を上げる。


「それに、輝星は首輪の起爆リモコンを持っているんです。下手なことをすれば、ドカンですよ」


「おお、怖い怖い。大人しくしておるから、それだけは勘弁してほしいぞ?」


 冗談めかしたディアローズの言葉にヴァレンティナは眉間の皺をさらに深くしたが、確かに彼女らの言葉には一理ある。


「……それでいいのかい? 我が愛は」


 そう聞く彼女の声は、妙に未練がましいものだった。


「まあ、ちょっと休みたいのは確かだ。しばらくディアローズに任せるよ」


「そうか……なら仕方ない」


 小さくため息を吐くヴァレンティナ。その態度に小さな違和感を覚えた輝星だったが、無線から飛んできた声がその思考を遮る。


「敵機接近! 皇帝艦隊から出撃したストライカー部隊と思われます」


「く、捲いたと思ったがもう追いつかれたか!」


 敵襲だ。ディアローズが忌々しそうに吐き捨て、輝星の方を見る。


「では、機体のコントロールを貰おうか。たまにはわらわも格好いい所を見せたいのでな?」


「はいはい」


 少しだけ苦笑してから、輝星はコンソールのタッチパネルを叩いて後部座席に操縦権をゆだねた。

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