第二百五十三話 VS近衛(2)

 戦闘こそ優位に進めているものの、輝星らの目的はあくまで撤退だ。敵もさすがに精鋭だけあって、容易は後退させてはくれない。膠着状態を利用し、ゆっくりと退いていくのが限界だった。


「くっ、面倒な!」


 "ミストルティン"の肩部ブラスターカノンから放たれた大出力ビームが、"レニオン"のエンジンブロックを貫く。すでに少なくない機数の近衛機を撃墜しているが、敵の数は減っているようには見えなかった。


「質も数も揃えているというのは厄介だね!」


 引きつった表情で、ヴァレンティナが叫んだ。少数で突出したのは、間違いだったかもしれない。そう考えている顔だ。


「あなたたちは回避を最優先しなさい。"クレイモア"や"ジェッタ"で対抗できる機体ではありません!」


 護衛の量産機部隊に、シュレーアが命令した。"レニオン"系列のストライカーは準ゼニス・タイプといっていい高スペックぶりであり、普及型の機体では同数でも圧倒されかねない。ましてや敵の方が多い環境ともなれば、無茶などさせられるはずもないだろう。


「言われなくても防戦だけで精いっぱいですよっ!」


 "クレイモア"のパイロットから返ってきたのは、切羽詰まったような声だった。とはいえ、連れてきたパイロットたちは、全員精鋭だ。そこらの一般兵では十秒も持たないであろう猛射にさらされても、なんとか持ちこたえられている。攻撃する余裕はないとは言っても、敵の攻撃が分散するだけで非常にありがたい。


「十分です! 無理だけはしないように」


 そんな中でも、輝星だけは快調に敵を撃破し続けている。目にもとまらぬ二連射で"レニオン"の漆黒の装甲を撃ち抜き、そのまま流れるような動きで別の敵機に肉薄した。


「噂通りの化け物ぶりだな、"凶星"ッ!」


 胸部の多目的ランチャーから放たれた対装甲榴弾が"エクス=カリバーン"を襲うも、苦し紛れの攻撃が当たるはずもない。頭部連装機銃が火を噴き、敵弾は空中で叩き落された。反撃のブラスターライフルが、"レニオン"の頭部を吹き飛ばす。


「ちぃっ!」


『残弾ゼロ! 残弾ゼロ!』


 "レニオン"のパイロットが舌打ちするのと同時に、機体AIが電子音声で嫌な報告をがなり立てた。輝星は躊躇なしにライフルを投げ捨てる。


「任せてもらいましょうか!」


 一機の"クレイモア"が、すかさずそれをキャッチした。当然敵の射撃が集中するが、丈夫なタワーシールドでビームを弾き返す。そのまま彼女は、背中にマウントしていたブラスターライフルを輝星に向けて投げ飛ばす。


「助かる!」


 輝星はこれを、ワイヤーガンで回収する。ライフルは輝星が普段使っているものと同じモデルで、マガジンは未使用のものが装着されている。リロードの隙を無くすため、彼には武器交換要員が同行しているのだ。


「余計なことをしてくれる!」


「やらせないっての!」


 頭部を失った"レニオン"が、ライフルの砲口を先ほどの"クレイモア"に向けたが、味方に攻撃を許す輝星ではない。受け取ったばかりのブラスターライフルから発射されたビームが"レニオン"のライフルを吹き飛ばした。


「うっ!」


 輝星はそのまま、スロットルを押し込む。メインスラスターのノズルから青い炎が爆発的に噴射され、機体を強引に加速させた。両機の相対距離は、一気に縮まる。

 "レニオン"のパイロットは反射的に背中からフォトンセイバーのグリップを引き抜いたが、出来た抵抗と言えばそれだけだった。赤いビーム刃の迎撃は間に合わず、腹部装甲にパイルバンカーが突き刺さる。


「次だ!」


「いくらなんでもデタラメすぎる……」


 縦横無尽の大暴れを見せる輝星に、近衛兵が憎々しげな様子で叫んだ。機体性能もパイロットの技量も一流でそろえた部隊で囲んで叩いているというのに、この純白のストライカーは押されるどころか八面六臂の大活躍を見せている、手に負えない、というのが正直なところだった。


「しかし、我々にも近衛のプライドというものがある……ッ!」


 とはいえ、ここで退くわけにもいかない。近衛兵は自らを鼓舞しつつ、ライフルの砲口を"エクス=カリバーン"に向けた。その時である。


「全機散開!」


 鋭い声が、輝星らの耳朶を叩く。反射的に、輝星は機体を上昇させた。それから数秒遅れて、いくつもの太いビームが戦場に降り注いだ。


「なにっ!?」


 近衛兵たちも慌てて回避運動に入ったが、直撃は受けずとも大出力ビーム特有の強烈な飛散粒子がカメラや手足をえぐっていく。あっという間に、数機の"レニオン"や"レニオン・ボーゲン"が戦闘不能になった。


「艦砲射撃? いや!」


 近衛兵はちらりとレーダーを確認したが、艦艇らしき反応はない。しかしこのビームは、とてもストライカーに運用できるレベルの威力ではない。となれば、考えられる可能性は一つだけだ。


「機動砲か!」


 皇国の砲兵隊が、救援に来たのだ。


「今のうちに退避を! 我々も次の射撃の終了と同時に撤退いたします!」


「了解!」


 砲撃によってできたスキを逃すことなく、輝星たちはいっせいに後退を始めた。近衛隊は即座にその背中を追おうとするが、再び放たれた強烈な砲撃がそれを許さない。


「くそっ……!」


 近衛隊が体勢を立て直した時には、すでに輝星らは追いかけても間に合わない距離まで離れてしまっていた。ならば小癪な砲兵隊を狙おうと砲撃の来た方向をレーダーで集中走査したが、機動砲部隊もまた撤退を開始していた。鈍重な重砲を抱えた状態で肉薄されれば、撃破されるほかないということは皇国側もよく理解しているのだ。


「まさか取り逃がすとは! 陛下になんと言い訳すればよいのだ……」


 近衛兵たちは、もはや顔をしかめることしかできなかった。

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