第二百五十話 皇帝、参戦す

「やはりダメだったか……」


 アンヘル艦隊敗走の報告を聞いた皇帝の第一声が、これだった。もともと、総大将を失ってしまったヴルド人の軍隊はひどく脆弱になる。アンヘル公爵が一騎討ちに敗れた時点で、この結果はある程度予測できたことだ。


「あまりに情けない連中だ。いっそ、負けてくれてよかった。能力もやる気もない寄生虫どもを粛正する手間が省けたというものだ」


 手の中で扇子をいじりながら、そんなことをのたまう皇帝。むろん、この発言は本音だった。部下の失敗には怒り狂うのが常の皇帝だったが、ここまでの醜態を見せられるといっそ笑みすら浮かんでくる始末だ。とはいえ、内心は当然マグマのように沸き立っている。


「この戦いが終わったら、国内の貴族共の整理が必要だな。ただでさえ、ゴミ同然の平民どもがあふれかえっているのだ。その上役に立たぬ無能貴族を抱え込むなど、無駄の極み。残らず処分し、まっさらにしてやらねば……」


 扇子をぴしりぴしりと手に打ち付けつつ、皇帝は語る。無能な味方は、有能な敵より厄介だ。そんなものは、さっさと処刑してしまうに限るというのが皇帝の哲学だ。


「まずはアンヘル艦隊の生き残りどもだ。帝国の栄光を汚した以上、一族郎党根切りにするだけでは済まさぬぞ……」


「報告! 敵主力艦隊が後退を始めました!」


「なにっ!?」


 皇帝の血なまぐさい思案は、索敵オペレーターの困惑したような声で止められた。額に青筋を浮かべながら、皇帝は問う。


「距離は?」


「一万二千です」


「ばかな、こちらは全艦に最新鋭のアクティブステルス装置を装備しているのだぞ? この電波妨害下では、距離一万二千程度で我が艦隊がむこうレーダーに映るとは思えないが……」


 旧式ばかりの皇国艦のレーダーを欺くなど簡単なことだし、"オーデルバンセン"や"プロシア"といった最新艦も元はと言えば帝国で建造されたものだ。反乱に備え、索敵機器をごまかすための方法は用意してある。


「捜索レーダーの集中照射や、量子ソナーのアクティブ作動などは確認していません。敵艦隊がこちらを捕捉している可能性は、非常に低いと考えられますが……」


「しかし、それにしてはこの動きはおかしい。せっかく大部隊を撃破したのだ、追撃して戦果を稼ぐ大チャンスのはず。なぜ後退する……?」


 実はと言えば、皇帝は先ほどまで安全な宙域で艦隊を待機させていた。アンヘル艦隊の敗北後、追撃に出た皇国主力艦隊にカウンター攻撃を仕掛けるためだ。最適のタイミングで攻撃すべく、侵攻を再開した矢先の敵後退である。困惑するなという方が、無理があった。


「弾薬が尽きたのではないでしょうか? むこうの艦隊は連戦続きです。追撃に必要なぶんの弾薬まで、先ほどの戦いで使い果たしてしまったのでは」


 幕僚の一人が進言した。そしてその考えは、ある程度正しかった。もはや皇国主力艦隊の備蓄弾薬はほとんど残っていない。皇国主力艦隊はかなりの長時間、前線で戦い続けていたのだから、致し方のない事だろう。


「一理あるな……で、あるならカウンターなどという小細工は必要ない。正面から戦ったところで、簡単に討ち取ることができるだろう。くくく、ゴミ同然のアンヘル艦隊も、多少は使い道があったな?」


 ニヤニヤと笑いながら、皇帝は語る。弾薬が尽き、抵抗もできない状態の皇国艦隊をいたぶるのは、さぞ気持ちが良いだろう。


「敵の進路はどうなっている? 星系外に逃げるつもりか、あるいは……」


「この進路は……減速マニューバですね。敵艦隊は、惑星ガレアeに向かっているようです」


「巣穴にこもる気だな。逃げるよりはよほど潔い、気に入った」


 完全に逃げに転じられると、足の速い艦は取り逃がしてしまう可能性もある。逃げ道のない惑星の地表へ向かってくれるというのなら、皇帝としては大歓迎だった。ここまで好き勝手やってくれた以上、皇国艦隊は必ず一隻残らず殲滅せねばならないからだ。


「敵はおそらく、惑星軍と提携して我々を迎え撃つつもりではないでしょうか? 敵を追って無策にガレアeに突入するのは、危険かと」


「いや……むしろ、そうやって我々が突入を躊躇することを狙ってこんなルートを選択したのだろう。惑星ガレアeに十分な防御態勢が敷かれているのなら、宇宙など出ずに最初からそこで我々を迎え撃ったはずだ……」


 障害物となるものは何もない宇宙空間の戦いでは、敵と正面からぶつからざるを得ない。防衛設備に頼ったり、あるいは策を弄したりする余地が少ないため、戦力の少ない側はあきらかに不利だ。

 にもかかわらず、皇国軍は宇宙空間で帝国軍を迎え撃った。皇帝はこれを、惑星ガレアeの防衛体勢を構築する余裕がなかったからだと考えていた。惑星上で戦えば不利なる理由が、皇国軍にはあったのだ。


「敵の防衛設備は、せいぜい砲兵陣地か……あっても多少の要塞砲程度だろう。そのくらいなら、問題なく正面から打ち砕ける。それより今は、敵に時間を与える方が不味い。弾薬の補給を受けられると、アンヘル艦隊の献身が無駄になってしまうからな?」


 皮肉たっぷりの声で、皇帝は言った。幕僚の何人かが、追従して暗い笑い声をあげる。しかしそこに、再び索敵オペレーターの緊迫した声が響いた。


「待ってください! 敵が……おそらくストライカーと思われる反応が、当艦隊に接近しています」


「ストライカー? 何機だ」


「三機……いえ、その後方に十数機が続いています。先頭の三機は、速度から見てゼニスでしょう」


「余の首級を狙う部隊だろうな。だが、その程度の数で何ができる? くく、皇国め……いよいよ追い詰められてきたと見える」


 あまりにも少ない敵の数に、皇帝は思わず破顔した。

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