第二百四十九話 直感

 ミサイル艇部隊の参戦により、戦況は一気に皇国側の優勢に傾いた。本来、こういった小型艇の侵入を防ぐ役目を持っているはずの駆逐艦や小型巡洋艦と言った補助艦たちは、戦艦の砲撃に巻き込まれまいと右往左往するだけでまともに弾幕を張ることすらできない。

 戦艦は戦艦で、集中砲火を浴びて半死半生の艦が大半というありさまだ。そんな中で大量の対艦ミサイルを撃ち込まれれば、ひとたまりもない。いくつもの艦が大破・撃沈され、無事だった艦ももはや勝ち目無しと我先に撤退をし始める。


「ふむ、我が方もなかなかやるではないか。いや、敵が軟弱すぎるのか?」


 勝利を喜ぶでもなく、淡々とした口調でディアローズが呟いた。無意識に自らの手に鞭を打ち付けるような動作をしてしまい、今の自分は鞭など持っていないことに気付いて苦笑する。愛用の鞭は、輝星にプレゼントしてしまったのだ。

 仕方がないので、ディアローズは輝星の頭に手をポンと置く。そしてその手触りの良い黒髪を、宝物を扱うような手つきで弄る。


「明らかにやる気がないね、向こうは……ストライカー部隊も撤退しちゃったし。味方の艦隊を支援しなくていいのかね?」


 先ほどまで輝星らと交戦していた部隊は、旗色が悪くなったとたん尻尾を巻いて逃げ出してしまっていた。おかげで、戦場に居るというのに手持ち無沙汰な状態になっている。あくまで艦隊の護衛が任務だから、逃げる敵を追撃することもできない。


「平民や下級貴族どもの忠誠心に期待するだけ無駄であろう。奴らが本気になるのは、目の前に餌がぶら下がっているときか、あるいは自らの故郷や領地が危機に瀕しているときだけだ……そういう意味では、皇国兵はやはり強い」


 ほんの少し前までは皇国を焼く側だったディアローズが言うのだから、説得力は段違いだ。あんまりと言えばあんまりな転身ぶりに、輝星は思わず苦笑してしまう。


「しかし、連中はあくまで前座だ。用心すべきはむしろ、今この瞬間……」


 ディアローズが呟いたその瞬間だった。輝星が不意に表情を引き締め、スラスターを全開にした。発言の途中で急加速したものだから、舌を噛んでしまったディアローズが涙目になる。


「あいたたた……」


「あ、ごめっ……」


「輝星さん、何事ですか!」


 謝罪をするより早く、"エクス=カリバーン"の突然の動きに困惑したシュレーアから通信が飛んでくる。彼女とヴァレンティナもまた、輝星と共に皇国艦隊を狙うストライカーや駆逐艦を追い払う任務に従事していた。総大将の仕事ではないが、旗艦に戻るタイミングを逸してしまった以上仕方がない。


「新手が来る! こっちの戦艦部隊に接触する前に阻止しないと……!」


「なんですって!?」


 聞き捨てならない言葉に、あわててシュレーアはレーダーを確認した。敵らしき反応はない。だが、帝国のアクティブステルス装置は高性能だし、強烈な妨害電波も飛び交っている。敵が密かに接近している可能性は十分にあるため、彼女は即座に輝星の感覚を信用する決断をした。機体を加速させ、"エクス=カリバーン"に追従する。ヴァレンティナもそれに続いた。


「まずいですね、今まさに追撃に移ろうという時に!」


「新手、ね。このタイミングで仕掛けてくるとすれば、どう考えても相手は母上……皇帝直属の部隊だ。数はともかく、部隊の質はさっきの烏合の衆とは比べ物にならないぞ」


「カウンター攻撃を受けるわけにはいきません。参謀長、追撃は今すぐやめて、艦隊を下げなさい!」


 皇国主力艦隊は、今まさに逃げ惑うアンヘル艦隊を残党を討とうと攻勢に出ている。この状況で横槍を入れられれば、シャレにならない被害を受けるだろう。慌ててシュレーアは、艦隊へ後退の指示を飛ばす。


「とにかく、今は敵を足止めしなければ。敵が来るというのは、どちらの方向からなんです?」


 電子的な索敵が役に立たない以上、頼りになるのは輝星の第六感のみだ。シュレーアは小さく唸りながら聞いた。


「Iフィールド方面……悪いけど、なんとなくしかわからない」


「十分です。しかし、Iフィールドには味方部隊も展開していたハズ。そこからの一報がないということは……」


「電子戦で無線を封鎖し、逃げる暇も与えずに全滅させたのであろうな」


「く、流石皇帝直属の部隊ですね」


 ディアローズの予想が真実だとすれば、敵は相当に強力な部隊であることが予想される。アンヘル艦隊との戦いでは、ここまで一方的ではなかった。


「なんにせよ、敵の正確な位置を確認するためにも偵察が必要だろう? いったん俺たちが前に出よう」


「うむ……下手な雑兵を偵察に出しても、一瞬で消し飛ばされる可能性もある。厄介だが、我々自ら赴くしかあるまい。正直、シュレーアや愚妹は四天の誰かとチェンジしたいところだが」


「ふん。偵察程度、こなしてみせるさ」


 面白くなさそうに、ヴァレンティナが言った。ディアローズは無言で肩をすくめる。


「四天の方々は、ここからやや離れた宙域に展開していますから……レーザー通信では直接やり取りができません。中継や合流で余計な時間を食うくらいなら、わたしたちで向かう方が良いでしょう」


 シュレーアのいう事ももっともで、もたもたしていたら迎撃態勢が整わないうちに皇帝艦隊と会敵してしまう可能性もある。輝星は小さく息を吐いて、遠くの宇宙そらを睨みつけた。

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