第二百四十八話 戦艦対決(3)

 降伏信号をあげながら、複数の帝国艦が戦列から離脱していく。アンヘル公爵家と、その臣下たちの部隊だ。まさか主君を自分たちの手で殺すわけにもいかないので、この選択も致し方のない事だろう。


「くくく……やはり連中の士気は低いな。この程度で、こうも簡単に白旗を上げるというのは……」


 "エクス=カリバーン"のコックピットで、ディアローズが満足げに頷いた。降伏した艦は艦隊の半数近くにのぼる。アンヘル艦隊と名乗ってはいても、大半は皇帝から指揮権を預けられただけの公爵家とは主従関係にない貴族たちで構成された部隊だ。ここまで数が減ったのは予想以上の成果と言っていい。


「主君を取り戻すんだって、逆に奮起するんじゃないかと疑ってたけど……ずいぶんアッサリ従ったね、向こうさん」


 機体を鋭くターンさせながら、輝星が言った。先ほどまで"エクス=カリバーン"がいた空間を、ブラスターライフルの赤いビームが通過する。反撃として放った緑のビームは、狙いたがわず"ジェッタ"の腹部を貫いた。

 輝星たちは現在、皇国主力艦隊からやや離れた場所で敵ストライカー部隊を迎え撃っていた。艦隊戦を支援しようと、しきりに対艦装備のストライカーが攻撃を仕掛けてきているのである。せっかく優勢に進んでいる戦いに水を差されてはたまらないので、これも重要な任務だった。


「言っては何だが……動員された貴族たちの大半はたんに軍役に参加しただけの無関係な連中だからな。この戦争の勝敗その物に、興味がないのであろう」


 領主貴族というのは特定の期間に、主君の求めに応じて出兵する義務がある。それが軍役だ。その代わりに主君は臣下の保護をするなど、様々な恩恵を与えるわけだが……。

 残念なことに、単に義務として参加しただけの戦争で、やる気を出せる貴族などそうはいない。危なくなったらさっさと降伏して、身代金や賠償金を払うことでさっさと手を引いてしまう場合も多いのだ。


「やる気のない貴族共には、わらわも随分と煮え湯を飲まされたからなあ? まったく、良い気味だ。くふふ……」


 陰湿な笑みを浮かべるディアローズに、輝星は思わず肩をすくめた。いくら強くとも一兵士でしかない彼には、この辺りの感覚はいまいち理解が出来ない。

 そうこうしている間にも、皇国艦隊は敵の残存艦に激しい砲撃を浴びせかけた。カメラのフラッシュのように発砲光が瞬き、緑や赤のビームが帝国戦艦の装甲を叩く。帝国側もしきりに砲撃しているが、輝星たちによって射撃管制FCレーダーを破壊されている戦艦も多く、有効な反撃が出来ずにいた。戦場は、ほとんど一方的な様相を呈している。


「うっ……」



 そのうちに、帝国戦艦のうちの一隻の三連装主砲塔が、びっくり箱のように真上へ吹っ飛んでいった。弾薬庫にでも誘爆したのだろう。見た目はいっそコミカルなくらいだが、主砲の周りにいたクルーたちは全滅だろう。大惨事だ。

 その死の直前の感覚をI-conを通して受信してしまった輝星は、思わず歯を食いしばった。痛みとも悲しみともつかない不快な感覚が、脳髄をチリチリと炙っている。


「……」


 ひどい気分だが、だからといってこれ以上はやめてくれと言う訳にもいかない。ここで手を緩めれば、逆に皇国兵やヴァレンティナ派の兵士たちが狩られる側になるだけだ。できれば死人は最小限に抑えたいところだが、生半可な理想論を語ったところで余計な被害が増えるだけ、ということは輝星もよく理解している。


「面白くないね、まったく」


 今できることは、目の前の敵を殺さず仕留めることだけだ。機体を急加速させ、輝星は"ウィル"に肉薄した。フォトンセイバーで迎撃しようとする"ウィル"だが、間に合わない。重いパイルの一撃が、ストライカーの心臓部である相転移タービンを装甲ごと撃ち抜いた。


「くそっ! こんな化け物がいるなんて聞いてないぞ!」


 気圧されたように、帝国ストライカー部隊は少しずつ撤退を始めた。命がけでも輝星を突破しようだなどという気概は、微塵も感じられない。アンヘル艦隊と同じく、やはり士気はかなり低いようだ。


「あー、ヌルい! 面白くない!」


わらわには言われたくはないだろうが、ご主人様も難儀な趣味よなあ……」


 戦場が苦手なのか得意なのかわかったものではない。ディアローズは苦々しい表情で小さく息を吐き、レーダー画面に視線を降ろした。そこには、遠方から接近する多数の光点が表示されている。


「敵の増援か? いや、この方向は……」


 戦術マップに視線を移すディアローズ。新手が来た方向には、この惑星の衛星であるガレアe-1がある。味方の部隊が駐留していた星だ。


「シュレーアの言っていた増援だな。最後の一押し、というわけだ……」


 彼女の言う通り、やってきたのは皇国軍のミサイル艇だった。五十メートル程度の小柄な船体だが、船首には固定式の大型ガンランチャーが装備されている。直撃を受ければ戦艦でも大ダメージをうける、強力な対艦ミサイルが発射可能なのだ。

 ミサイル艇は、スラスターを全開にしながら帝国艦隊に突っ込んでいく。戦艦同士の砲撃戦をこなしつつ、これを迎撃するのは至難の技だ。いくつかの艇は副砲や高角砲を浴びて一撃爆沈したものの、大半は健在のままミサイルの有効射程に突入することが出来た。


「撃てーッ!」


 ミサイル艇部隊の指揮官が号令を下すなり、無数のガンランチャーが火を噴いた。魚雷じみた見た目の大型ミサイルが、帝国戦艦に殺到する。対空機関砲がそれを迎え撃ったが、全弾を迎撃できるタイミングではとうに逸していた。

 次の瞬間、戦場にいくつもの巨大な火球が上がった。艦尾や舷側に直撃を受けた艦が、装甲板に空いた破孔から煙や炎を噴出する。こうなれば、いかに堅牢な戦艦とは言っても無事では済まない。気の早いクルーたちが我先にと脱出艇へ群がり始める……。


「連中もこれで終わりだな」


 ディアローズは身体を強張らせた輝星の肩を優しく撫でつつ、冷たい声でそう小さくつぶやいた。

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