第二百四十七話 戦艦対決(2)

 皇国総旗艦"レイディアント"からの発光信号を確認したアンヘル艦隊の幕僚陣は、みなそろって頭を抱えていた。リーン・アンヘル公爵は四天ほどではないにしろ、優秀なパイロットだった。それがこうも簡単に敗れたあげく、敵に連れ去られるなどという事態は予想もしていなかったのである。


「人質とは卑怯な! 騎士道のなんたるかも理解しない田舎者どもめ……」


「しかし、こうなった以上我々からは手出しできませんよ。万一のことがあれば、我々の責任問題になってしまう」


 アンヘル艦隊の幕僚は、当然公爵家の家臣たちを中心に構成されている。彼女らの攻撃が原因で公爵が死にでもしたら、下手をしなくても処刑案件だ。


「そもそも、リーン様は本当に敵の旗艦に移送されたのだろうか? もしそれが嘘であれば、我々はとんだ道化ということになってしまう」


「しかし、リーン様が捕まったというのは事実です。ストライカーを使って収容すれば、ここからそれを直接確認する方法はないわけですし……本当だと仮定して行動したほうがいいのでは?」


「確かに、万が一ということもある……」


 壮年の参謀長が、表情に苦悩をにじませながら唸った。


「とはいえ、このままやられっぱなしというわけにも……」


 幕僚の一人がそうつぶやいた瞬間、艦に激震が走った。幕僚たちはシートにしがみつき、なんとか吹き飛ばされないように堪える。


「敵弾命中! 第一主砲塔大破、使用不能です!」


「だ、弾薬庫が誘爆しなくてよかった……」


 艦長がほっと胸を撫でおろした。主砲塔の直下には、圧縮粒子のたっぷり詰まった粒子弾カートリッジを大量に貯蔵している弾薬庫がある。そこに直撃を受ければ、戦艦と言えど一撃で爆発四散してしまう。


「このままでは公爵様どころか我々の身も危ないのですよ! どうするんです!」


 若手の幕僚が怒鳴った。今は艦隊戦の真っ最中なのだ。何もしないままぼんやりしていれば、じきに撃沈されてしまうだろう。皇国側の艦隊には、元帝国軍所属の新鋭戦艦も参加しているのだ。油断できる相手ではない。


「しかしそうはいっても……」


「ああっ!」


 抗弁しようとした老参謀の声を遮るように、叫び声が上がった。何事かとばかりに、艦橋のクルーたちの目が声を発した索敵オペレーターへと向けられる。


「敵旗艦に砲撃が向かっています! このままでは……!」


 窓代わりの大型モニターに、"レイディアント"の拡大映像が表示された。オペレーターが言うように、戦艦砲のものらしきビームの光条が白亜の船体を襲っている。

 いまのところ直撃は受けていないようだが、主君の囚われた(ということになっている)艦が攻撃を受けているのだから、肝が冷えるどころの話ではない。


「どこの艦の攻撃だ! 今すぐやめさせろ!」


「マフトー侯爵家の部隊です! 攻撃を止めるように命令を送りましたが、返事がなく……」


「なんてことだ! 連中、この期にリーン様を無き者にしようと……!」


 攻撃を仕掛けているのは、アンヘル公爵家とはあまり仲の良くない貴族の部隊だった。少しでも隙を見せれば、この始末だ。参謀の一人が何とも言えない表情で頭を抱える。

 帝国軍などと銘打たれていても、その実態は大小の領主貴族たちの寄せ集めに過ぎない。名目上の指揮権があっても配下が従うとは限らないし、現にこうして味方であるはずの貴族を葬ろうとする不心得者も現れる。まったく、ひどいものだった。


「いっそのこと、我々だけでも白旗をあげるというのはどうでしょうか? 射撃管制FCレーダーの破損の件もあります。戦闘を続行したところで、かなり不利な状況であることには変わりがないわけですし」


「ふむ……」


 参謀長が唸った。本来、アンヘル公爵が席を外している以上は彼女がこの艦隊の総指揮官である。しかし、侯爵の部隊の例からもわかるように、指揮に従わない者たちも出てきている。

 もともと諸侯たちの間の結束など無きに等しいのだから、重視するべきなのは指示にも従わない不埒な他家の連中ではなく、自分たちの安全だろう。参謀長はそう思うことで、自身の利己的判断を正当化した。


「もともと、この戦いは皇帝陛下らが始めた侵略戦争に過ぎない。勝とうが負けようが、我らがアンヘル公爵家には大した影響はない……ここは、リーン様の安全を第一に行動するべきだな」


「その通りです」


 参謀の一人が同調し、ほかの幕僚たちも頷いた。こんなところで死にたくないというのは、この場に居る全員の一致した考えだ。それに、この場で撤退したところで、責められるのは幕僚たちではなく情けのない敗北を喫した公爵自身だ。責任を他に擦り付けられるのだから、無茶をする理由はない。


「しかし、構わず皇国艦隊に攻撃を仕掛け続ける連中はどういたしましょう? 見たところ、敵旗艦の"レイディアント"は相当な老朽艦のようです。ラッキーヒット一発で沈みかねないのでは……」


「まったく、"オーデルバンセン"にでも収容してくれればよかったものを!」


 今は皇国軍のものとなっている帝国製最新鋭戦艦の名をあげながら、参謀長はぼやいた。しかし、文句を言ったところで状況が改善するわけでもない。


「この距離なら、なんとかレーザー通信は使えるはずだ。早く交渉して、いったんリーン様の身柄を安全な場所に移してもらおう。我々アンヘル公爵家に従う部隊は、すべて降伏する用意があることを伝えてな」


 戦争の直接的な利害関係者ではない貴族の戦意は、著しく低い。その事実をよく知っているディアローズの仕掛けた策略は、見事に実を結びつつあった。

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