第二百四十二話 戦艦とストライカーと(1)
火山の噴火のように苛烈な対空砲火の中を、輝星たちは飛ぶ。帝国戦艦群の組んだ防御陣形は極めて強固であり、腕に覚えのあるパイロットであっても十秒とかからず撃墜されてしまいそうなほどの迎撃態勢だった。
「これは……なかなか刺激的だ!」
対空砲火の隙間を縫って飛ぶには、化け物じみた反射神経と判断力、そして針に糸を通すような精密なコントロールが必要だ。自信家のヴァレンティナも、流石に冷や汗を浮かべつつ操縦桿を動かしていた。一瞬でも気を抜けば、次の瞬間には間違いなく機体はハチの巣になってしまうだろう。
「くくく、怖いのならば後方で待機していれば良いのだ。妹に死なれると、流石の
ディアローズがからかうような声で言った。挑発じみた言い草だが、半ば本音でもある。とはいえ、後部座席で暇そうにしているだけの彼女の言葉なので、とても真面目に言っているようには聞こえないが……。
「ふん。現状、人一人分の重石にしかなっていない人間には言われたくはないな。貴女が機体から降りれば、百キロくらいは軽量化になるんじゃないかな?」
「
ディアローズは顔を引きつらせた。最近真面目に体を動かしていないせいで、じりじりと体重が増加しているのである。ヴルド人女性にとっても、やはり体重というのはデリケートな話題だった。
実戦中とは思えないくだらないやりとりに苦笑しつつも、輝星はメガブラスターライフルを敵戦艦の艦橋に撃ち込んだ。板状のレーダーアレイ・ユニットが高熱の粒子を浴びて焼け焦げ、小爆発を起こしながら吹き飛ぶ。
「
「何をやってるんだ、あんな少数ごときに! 早く撃ち墜とせ!」
攻撃を仕掛けられている帝国戦艦部隊も、ほとんど阿鼻叫喚の様相を呈している。通常なら一瞬で消し飛ばすことができるような少数の部隊に翻弄されているのだから、艦隊司令のいら立ちも相当なものだ。
「光学測距儀も破壊されました! これでは主砲の統制射撃ができません!」
「ぐぬう……!」
艦橋トップに設置された巨大なレーザー測距儀を輝星が吹き飛ばす。こうなると、戦艦は敵艦との正確な距離を測る方法がなくなってしまう。このような状態では、遠距離射撃など不可能だ。各々の主砲塔に搭載された、低性能な測距儀を使っててんでばらばらに射撃を行うしかない。
「とにかくヤツらを撃ち落とせ! 生きて帰しでもしたら、皇帝陛下に対して言い訳もできなくなるぞ!!」
艦隊司令の命令に呼応するように各種対空砲がビームや機関砲弾を吐き出したが、輝星はくるりくるりと巧みに機体をターンさせて、相手の照準を絞らせない。見事な操縦だった。
「輝星さん、無理はなさらないよう」
心配そうな声で、シュレーアが言った。輝星はルボーア会戦で今回と似たような戦い方をした結果、加速Gで肺をやられしばらく入院する羽目になった。この作戦を提案したのはシュレーア自身だが、やはり内心は穏やかではないようだ。
「大丈夫だ、この機体なら!」
輝星はニヤリと笑い、言い返す。ルボーアの時の乗機は"カリバーン・リヴァイブ"だったが、今回は"エクス=カリバーン"に進化している。この違いは大きい。
「"エクス=カリバーン"に搭載されている慣性制御装置は、我が"ゼンティス"のものをそのまま流用しておる。田舎国家の貧乏ゼニスとはモノが違うのだ、安心せよ」
「安心すればいいのか、憤慨すればいいのか……わかりません、ねっ!」
軽口を飛ばしつつも、シュレーアは"ミストルティン"の肩部ブラスターカノンを発砲する。狙う先は、輝星が攻撃した艦とは別の戦艦だ。
狙いは違わず、太いビームはレーダー・アレイを完膚なきまでに破壊した。反撃とばかりに無数の対空機関砲が火を噴き、"ミストルティン"に殺到する。そのうちの一発が装甲をかすったが、"ミストルティン"は重装機体だ。その程度では小揺るぎもしない。
「ふっ、田舎国家の貧乏ゼニスだって、パイロット次第でいくらでも戦えるんですよ!」
「田舎なのも貧乏なのも否定はせぬのか……」
呆れたように、ディアローズが肩をすくめる。それとほぼ同時に、"エクス=カリバーン"のコックピットに警告音が鳴り響いた。
『敵機接近。敵機接近』
AI音声が感情のうかがえない声で報告を上げる。しかし、そんなものを聞く前に、すでに輝星は迎撃態勢を整えていた。メガブラスターライフルをするりと振り、その巨大な砲口を肉薄してくる"ジェッタ"へと向けた。
「おっと、迎撃はわたしに任せてもらおう!」
だが、輝星が操縦桿のトリガーを引くより早く、"ジェッタ"の腹部を"コールブランド"の突撃槍が刺し貫いた。ヴァレンティナは"ジェッタ"の真紅の装甲を蹴って穂先を抜き、槍の基部に取り付けられたブラスターガンで二機目の"ジェッタ"を仕留める。
「助かる!」
作戦開始前の言葉は本当らしく、まったく危なげのない動きだった。これならば、背中を任せても大丈夫だろう。輝星は深く頷いた。
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