第二百四十三話 戦艦とストライカーと(2)
輝星らは、帝国戦艦部隊に執拗に攻撃を仕掛け続けた。まさに蝶のように舞うゼニス・タイプを、帝国戦艦の対空砲は捉えることが出来ない。
そして対空監視の目が輝星たちに向いている間に、随伴してきた量産機部隊も戦艦に攻撃を仕掛けていた。もちろん帝国側も反撃はするが、量産機部隊はムリをせず一撃だけ撃ち込んですぐに離脱してしまう。帝国軍からすれば、鬱陶しいことこの上ない。
「直掩は何をやっているのか!」
帝国側の艦隊司令が怒鳴った。わずか三機のゼニスに、帝国の誇る大艦隊が翻弄されているのだ。部下の怠慢を疑うのも、致し方のない事だろう。
「こちらのストライカー部隊は、ほとんど敵艦隊の攻撃に回しています。とくに主力のゼニス隊が出払っている以上、防空力の低下は致し方のない事です」
お前が命令したんだろと言わんばかりの表情で、幕僚の一人が答えた。これだけの三十隻の戦艦とその数倍以上の補助艦がいるのだから、直掩のストライカーを減らしても大丈夫だ、というのが先ほどまでの艦隊司令の考えだった。
「くっ……ストライカー隊からの報告はどうなっているんだ! そろそろ攻撃を終えて帰還してきてもいい頃だろう!」
「敵の直掩機に阻止され、攻めあぐねているようです。どうやら、直掩としてテルシス様……失礼、テルシスら
「ぐう、テルシスめ……!」
艦隊司令は唸った。彼女もテルシスと同じ公爵であり、しかも年齢まで同じだった。もともとテルシスにライバル心を抱いていたのが、彼女が皇国に付いたことで余計にひどくなっていた。司令はシートから立ち上がり、軍帽を力任せに投げ捨てた。
「役立たずどもめ! もういい、私が
司令も乗機はゼニス・タイプだ。確かに戦力としては優秀だが、これだけの対空砲をものともしないようなエース相手に勝てるのだろうか……。幕僚は疑問に思ったが、口には出さなかった。このまま"エクス=カリバーン"らに好き勝手暴れられると不味いというのは、確かな事実だったからだ。
鼻息を荒くしながら司令は格納庫に向かい、愛機のコックピットに収まるとそのまま出撃デッキから飛び立っていった。向かう先は当然、暴れまわる輝星たちのもとである。
「くくく、意外と早く出て来たな。大物だぞ、あれは」
それを見たディアローズが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「あの機体、アンヘル公爵のものだ。帝国でも指折りの大貴族の一人。テルシスほどではないが、ストライカーの腕もエース級……」
エース級ごときの腕前では話にならない。口に出さずとも、ディアローズの考えていることは輝星にもよく理解できた。苦笑しつつ、機体を加速させる。
「相手の士気をくじくチャンスってことか」
「その通り! 一騎討ちで叩き落してしまえ!」
「一騎討ちなら私が」
「いや、ここはわたしに任せてくれたまえ」
即座にシュレーアとヴァレンティナがそんなことを言いだしたが、ディアローズはせせら笑いながら肩をすくめた。
「男に墜とされた方が屈辱的で良いではないか」
「本当ろくでもないなあ……」
「くふふっ」
輝星のぼやきに、ディアローズは顔を赤らめながら笑った。若干あきれる輝星だったが、まあ一騎討ちなら得意中の得意だ。接近してくる目の覚めるような緑色のゼニス・タイプに、メガブラスターライフルの砲口を向けて宣言した。
「こちらカレンシア皇国の北斗輝星! 帝国の指揮官どのとお見受けする!」
「お、男の声だとぉ……!」
司令は困惑した様子で"エクス=カリバーン"を見たが、貴族たるもの名乗りをあげられれば返答をしないわけにはいかない。こほんと咳払いし、叫ぶ。
「いかにも! 私はエリデン公リーン・アンヘル、ノレド帝国第二艦隊の提督である!」
「乗って来たな」
にやにやと笑いつつ、ディアローズはマイクの拾わない程度の小さな声で呟いた。そして、こっそりとコンソールを操作し、アンヘル公爵との通信を電波式の共通回線からレーザー式の個別回線へと切り替えた。それから、輝星の耳元に何事かを囁く。
「ええ……」
一瞬げんなりした表情を浮かべる輝星だったが、小さく肩をすくめて頷く。そしてマイクに向かっていった。
「アンヘル公爵! お噂はかねがね妻から聞いています」
「妻……?」
「ええ。我が妻、テルシス・ヴァン・メルエルハイムからね!」
「な、なにーっ!!」
ライバルの名前を聞かされ、アンヘル公爵は即座に沸騰した。顔を真っ赤にして、地団太を踏む。
「奴に夫がいるだなどと、聞いてはいないぞ!」
「最近婚約したもので」
「ぐぬーっ! この私より早く! 許せん!」
荒れ狂うアンヘル公爵の声に、ディアローズがくふくふとくぐもった笑い声をあげた。まったく、性格の悪い女である。
「ということで、妻のライバルたるあなたをここで逃すわけにはいきません。一騎討ちを申し込ませていただきます」
「……ッ! 良いだろう。だが、貴様が負けた場合は我が夫となって貰うぞ!」
なんでそうなる。輝星は渋い顔で唸ったが、ディアローズがその肩をぽんぽんと叩いた。
「ライバルから男を奪う、これほど興奮するシチェーションもないだろう。だが、ここまで心を乱されれば、まともに機体の操縦などできまい。くふふ……」
なんてヤツだと内心唸りつつ、輝星は無線を共通回線に戻した。テルシスの夫云々などという話は他の人間に聞かせたくはないが、一騎討ちの名乗りは周囲に聞こえるように行うのが正式な流儀だ。
「――それでは改めて。北斗輝星、"エクス=カリバーン"! 一騎討ちを挑ませていただきます!」
「リーン・アンヘル、"ディルカス"! お受けしよう!」
こうして、結果の見え切った一騎討ちが始まった。
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