第二百四十話 憂鬱

「ご主人様、体調は大丈夫か?」


 決戦予定地であるDフィールドへ向かう"エクス=カリバーン"のコックピットで、ディアローズが心配そうな様子で聞いた。休憩が取れたのは、わずか二時間程度。ないよりはマシだが、疲れをすべて取るには短すぎる時間だ。


「全快ってワケでもないけど、まあ戦えるよ」


 あくびをかみ殺しつつ、輝星は答える。


「本当か? ご主人様は体力がないのだから、無理はするでないぞ」


「信頼がないなあ」


 心底心配そうなディアローズに、輝星は思わず苦笑した。体力がないのは事実だが、これでも輝星は歴戦の傭兵だ。長時間にわたる戦いに従事した経験も、当然ある。


「大丈夫だっての。俺を誰だと?」


「"凶星"」


「その通り」


 輝星はふんと鼻息荒く言い切った。今度は、ディアローズが苦笑する番だった。


「とはいっても、まだ作戦の前半分の途中に過ぎぬからな。体力配分は、本当に重要なのだ。戦力的に我が方が不利な以上、ご主人様に頼らねばならぬ事態は避けられぬからな」


「ま、敵がやたらと多い以上、短時間に終わるのはムリだろうね」


「その通りだ。せっかく複座機なのだから、場合によってはわらわに操縦を任せるがよい。ご主人様ほどではないが、腕には覚えがある。雑魚が相手であればわらわで十分だ」


「それは状況次第だな」


 輝星としては、あまり操縦は他人に任せたくない。ディアローズに自分の情けない姿はあまり見せたくはないのだ。好ましい相手の前で格好をつけたいと思う程度の見栄は、輝星にだってある。


「しかし、まだ前半分か……この後は、地上に誘い込むんだっけ?」


 話を逸らすことにした輝星は、作戦前のブリーフィングの内容を思い出しつつ聞く。戦闘宙域に到着するまでには、まだしばしの余裕があった。少しくらいなら、雑談をしても大丈夫だろう。


「うむ。しばし低軌道宙域で戦い、撤退を装って地上に降りる。そこを……」


「そこを?」


「……あとはヒミツだ」


「秘密ぅ!?」


 困惑して、輝星はディアローズの方を振り返る。周囲はデブリの一つもないまっさらな宇宙空間だ。多少目を離したところで、事故は起こらない。

 秘密だなどと言い出した当人であるディアローズは、なぜかひどく申し訳なさそうな表情をしていた。冗談で言っている様子ではない。I-conで人の思念が読める輝星だが、さとり妖怪よろしく他人の考えていることがすべて理解できるわけではないので、彼は難しい表情をして唸った。


「正直、あまりまっとうな作戦ではないのだ。いずれバレることでも、あまり口に出したくはない」


「例のAV作戦よりもひどいの?」


 まっとうではないというのなら、ディアローズの艶姿を帝国軍に送り付けるというあの作戦も大概まっとうではない。輝星は半目になりながら聞いてみた。


「いや、あれとは方向性が違うというか」


 しどろもどろになりなら、ディアローズは答えになってない言葉を漏らす。操縦桿を指で撫でながら、輝星は数秒考えこんだ。AV作戦と方向性が違い、なおかつディアローズが話したがらないというと……。

 そこまで考えて、結局輝星は思考を止めた。おそらくは、後味の悪い類の作戦だろう。具体的に何をやるつもりなのかはわからないが、圧倒的大軍を相手にする以上まともな作戦では勝てないというのも理解できる。結局、彼には口をつぐむことしかできなかった。


「すまぬな、本当に済まぬ。わらわはご主人様に嫌われるのが怖いのだ」


 ディアローズはそう言いながら、輝星の頭を優しく撫でる。実際なところ、彼女が立案した作戦はかなり強烈なモノなのだが、それを実の母親に振るおうとしているのに何の感慨もわいてこない。巻き込まれる兵士たちには申し訳ないとは思うが、それだけだ。

 本当に自分は根っからのロクデナシだなと、ディアローズは内心ため息を吐く。皇帝も大概冷徹な人間だが、その娘だけのことはある。外道の子は外道かと、彼女は小さく自嘲した。


「俺よりそっちの方が心配だよ……」


 何を考えているのかはわからずとも、ディアローズが自己嫌悪していることはわかる。輝星は心配そうに、もう一度ディアローズの方を振り返った。

 しかし、慰めのことばをかける時間はない。コックピット内に、電子音が鳴り響く。接近してくる数機のストライカーを、機体の索敵装置がキャッチしたのだ。そちらに目をやると、カーソルに表示されている機体名は見慣れたものだ。


「輝星さん、お迎えに上がりましたよ」


 "ミストルティン""ザラーヴァ"、そして"コールブランド"だ。無線から聞こえてきたのは、やや疲れた様子のシュレーアの声だった。


「総大将自ら出迎えとはな」


 輝星が口を開く前に言い返したディアローズの声は、先ほどまでの暗い雰囲気を引きずらない皮肉げだが明るいものだった。


「紳士をエスコートするのは騎士のたしなみですから」


 その言葉にディアローズはくすりとわらい、輝星に耳打ちする。


「奴め、指揮に疲れてご主人様に癒してもらいに来たようだ」

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