第二百三十九話 時間稼ぎ

 敵巡洋艦部隊との戦いが始まって、二時間が経過した。帝国の巡洋艦部隊はさすがに戦艦へまっすぐに突っ込んでくる愚を犯さず、距離を取って撤退・再攻撃を繰り返す。消極的な戦術だが、おかげで皇国軍は思うように敵を撃破できずにいた。


「敵艦A群、方位三七に変針しました」


「むう……」


 シュレーアは唸る。敵部隊はこちらから離れるような進路を取った。できれば追いかけて背中を撃ちたいところだが、相手は巡洋艦でこちらは戦艦が主体だ。

 巡洋戦艦の"レイディアント"や高速戦艦の"プロシア"ならば追撃できるが、皇国軍主力の"ハリマ型"(先代の皇国総旗艦"グロリアス"の同型艦)やヴァレンティナ派主力の"イルコル型"の戦艦では、巡洋艦に追いつくことはできない。さりとて、足の速い艦だけ突出するのも危険だ。


「隊列を整えなさい。ストライカーや駆逐艦の接近に注意」


 結局、シュレーアに取れるのは消極的な動きだけだ。大物の動きに目を奪われ、機動力の高い部隊からの強襲を許すわけにはいかないからだ。

 案の定、ストライカーの群れが皇国主力艦隊の隊列を乱そうと突入してくる。後方から、駆逐艦もその動きに続いた。


「目標、トラックナンバー33-34。高角、撃ち方はじめ」


 護衛艦隊と戦艦の高角砲が帝国ストライカー部隊を迎え撃った。前回の時とは違い、戦艦の数が倍増しているためその弾幕は極めて苛烈だ。勇猛な帝国パイロットも、これを突破するのは難しい。無数の機体がぱっと散開し、対空砲の射程から逃れるべく距離を取った。


「敵ストライカーの動きに注意しつつ、攻撃対象を敵駆逐艦五十六番艦へ変更!」


 艦長の命令と対空砲の砲声を聞きつつ、シュレーアはどうしたものかと腕を組んで思案した。メルエルハイム艦隊との合流により、宙雷戦隊やストライカーの脅威は随分と低下したが、いつまでも均衡を保ち続けるのも難しいだろう。


「各艦の弾薬はまだありますか?」


 気になるのは弾薬の残量だけではない。クルーたちの疲労度もだ。体力にしろ物資にしろ、切れてしまえば戦いどころではなくなってしまう。


「……各艦に問い合わせたところ、粒子弾の残量はどこも三十パーセント程度のようです」


「ふむ……遠距離砲戦はもうあまりできませんね」


 宇宙空間で弾速の遅い徹甲弾や榴弾を撃ったところで、着弾までにはかなりの時間がかかってしまう。かなり接近しなければ、命中精度には期待できないのだ。


「粒子弾が尽きる前に、地上へ戦場を移したいところですが……」


 時計を確認しつつ、シュレーアは自分の顎を撫でる。まだ、地上に降下するには早い。もうひと頑張りする必要がありそうだ。

 そう思うと、逆に疲労感が増した気がした。今すぐ輝星を引き戻して、ベッドに引きずり込みたい。彼を抱きしめながら、十二時間くらい寝たい。そんなことを想いつつも、流石に口には出さなかった。


「偵察機より報告!Lフィールドにて敵戦艦部隊を発見したとの事。数、三十隻!」


 しかし、そんな軟弱な考えは、通信オペレーターの緊迫した声で中断させられた。戦艦三十隻以上というのは、かなり刺激的な報告だろう。そんな大軍と正面から撃ち合えば、あっという間にこちらの主力など蒸発してしまう。


「多いでありますね。敵巡洋艦のあの動きは、戦艦が集結するまでの時間稼ぎだったわけでありますか」


 ソラナ参謀が唸った。敵の大型巡洋艦の動きは、途中から明らかに消極的なものに変わっていた。増援が来る頻度も減っている。向こうも戦術を変えてきたのだ。


「しかし、Lフィールドですか……接敵まで三十分といったところででしょうね。ふむ……」


 戦術マップを見ながら考えこむシュレーア。敵戦艦部隊は数からみて、帝国軍の実質的な主力だろう。情報部の報告によれば、もっと数は居るはずだが……皇帝とその配下たちは、まだ後方で待機しているはずだ。

 

「本艦隊は敵巡洋艦部隊との交戦を継続しつつ、Dフィールドに後退します。そこで必要な時間を稼いだのち、地上へ降下することにしましょう」


 Dフィールドは惑星ガレアeの低軌道に設定された宙域だ。すこしばかり減速すれば、あっというまに地上へ降りることができる。最悪、地上からの支援砲撃も期待できるため、前半戦最後の戦場としてはちょうどいいだろう。

 シュレーアの命令を受け、各艦が次々に艦首を転向してスラスターを焚いた。その隙を逃すまいと、いったんは離れていた帝国巡洋艦部隊がふたたび接近してくる。"レイディアント"の後部主砲が、敵艦を近づけまいと砲撃を開始した。


「交互撃ち方で弾薬を節約してください。大型巡洋艦ならば、最悪徹甲弾で仕留められます」


 宇宙空間で戦艦相手に肉薄するのはかなり危険だが、大型巡洋艦では旧式艦の"レイディアント"でも砲力は勝っている。最悪、その快速を生かして敵に切り込むという手もあった。粒子弾は、できれば対戦艦に温存しておきたい。


「それから、輝星たちにも連絡を。いつでも出撃できるように準備をしておいてほしいと伝えてください」


 戦艦の数では圧倒的に皇国側が劣っている。時間を稼ごうと思えば、切り札を再び切るしかない。心の中で輝星に詫びつつ、シュレーアは命令を下す。この戦いが、前半戦の山場になるだろう。彼女は自分の頬を両手でパチンと叩き、気合を入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る