第二百三十八話 敵追撃部隊を砕け
輝星たちが休息を取っている頃。皇国戦艦部隊は前線で敵大型巡洋艦と砲火を交えていた。
「敵大型巡三番艦、撃沈確実!」
船体の中ほどに戦艦砲の直撃を受けて爆散する大型巡洋艦を見て、索敵オペレーターが快哉を叫ぶ。新旧入り混じっているとはいえ、戦艦十八隻からなる砲撃は強力無比だ。帝国の精鋭といえどひとたまりもない。
「方位五五より敵増援を確認! 大型艦六隻、中型艦十隻!」
とはいえ、総戦力自体は帝国軍の方が圧倒的に多いのだ。敵艦を撃沈したはしから新手が現れる。オペレーターの声に、シュレーアは眉を跳ね上げた。
「戦艦ですか?」
「おそらくは大型巡洋艦です。戦艦にしては、質量が小さいので」
「ふむ……」
巡洋艦相手ならば、問題ない。戦艦砲の射程と火力は大型巡洋艦を上回っており、皇国の41cm砲搭載型の旧式戦艦でも優位を取ることが出来る。
「とはいえ、油断はできませんね。いつ敵の戦艦部隊が現れるかわかりませんし……手早く数を減らさなくては」
彼我の部隊の現在位置が表示された戦術マップを睨みつつ、シュレーアは唸る。
「しかし、敵の動きが奇妙ですね。波状攻撃というには、統率が取れていない。巡洋艦とはいえ、束になって現れればもっと優位に戦えるでしょうに」
先ほどから、帝国軍は小・中規模の艦隊を断続的に送り込んできている。戦力に乏しい皇国側からすれば戦いやすくて助かるが、どうしていったん戦力を集めてから一気に攻撃を仕掛けてこないのかがシュレーアにはわからなかった。
「大国の諸侯軍ですからね。外敵が少ないがゆえに、連中は普段ライバル関係なのでしょう。協調しようという考えは薄いのでは」
指で自らの額を軽く叩きつつ、参謀長が答えた。五十年余りを艦隊で過ごしてきた彼女は、流石に戦場の事情には詳しい。教育者めいた表情で、参謀長は続けた。
「大きな外敵がいれば、諸侯は集まって協力します。しかし、勝って当然程度の敵しかいないのであれば……その矛先は隣の領地の貴族に向けられます」
「同じ主君に仕えているとはいっても、領地を接していれば利害もぶつかってくるわけですしね。なるほど……」
皇国のような小さな国では、あまり実感できない感覚だ。身内同士でいがみ合えば、敵に付け入るスキを与えてしまう。余裕のある大国ならでは、といったところか。シュレーアは頬を撫でつつ思案する。
「ならば、その慢心は有効活用させてもらいましょう。蹴散らしなさい!」
シュレーアの命令に呼応するようにして、"オーデルバンセン"が主砲を一斉発射した。皇国艦とは比べ物にならないほどの太いビームが、敵の新手に殺到する。その様子を見て、シュレーアがニヤリと笑った。戦利艦とはいえ、これだけ強力な戦艦が指揮下に入っているのは心強い。
しかし、残念ながら大出力ビームは目標にかすりもせず虚空へ消えて行ってしまった有効射程ギリギリの遠距離砲撃であるとはいえ、ひどい暴投ぶりだ。シュレーアは、やや残念そうに息を吐く。
「……とはいえ、我々にも課題は多いですね」
「乗員の半分が速成教育の新兵、もう半分が戦線復帰したばかりの元傷病兵ですから。いかにハードが優秀でも、乗員が慣れていないのであれば十全に能力を発揮することはできません。訓練期間が短すぎましたな……」
つられて参謀長がため息を吐いた。"オーデルバンセン"は皇国軍に編入されてから日が浅く、この作戦に間に合わせるため慣熟訓練も短期で打ち切られている。過大な期待をかけても仕方がないだろう。
「敵大型巡洋艦七番艦、撃沈を確認しました。"プロシア"の砲撃によるものと思われます」
「流石ですね」
言葉とは裏腹に、シュレーアの表情は晴れない。手元のモニターに、戦闘開始から現在までのログを呼び出した。明らかに、自分たち皇国軍よりヴァレンティナ派の艦隊の方が戦果を挙げているようだ。
皇国軍は別に、ヴァレンティナ派に対して指揮や練度の面で劣っているわけではない。しかし、装備の差は明らかであり、それが戦果にも表れていた。味方とはいえ、面白くはない。
「場合によっては、敵に回る相手ですからね……?」
「今なんと?」
小さなつぶやきを聞きとがめた参謀長に、シュレーアは無言で首を左右に振った。あまり不用意なことを言いふらして味方の士気を下げたくはないし、今のところヴァレンティナが怪しい動きをしているという報告も上がってきていない。
さしものヴァレンティナも、こんな乱戦中に裏切ったりはしないだろう。皇国軍を倒したところで、帝国軍が今さら攻撃をやめるわけがないからだ。帝国軍が健在なうちは背中を預けても大丈夫だろうと、シュレーアは頭を切り替える。
「戦闘がひと段落したら、"プロシア"に賞賛を送っておきなさい」
そういう意味ならば、むしろヴァレンティナには大活躍してもらった方がいい。戦えば戦うほど物資は減るし、兵士たちも疲労するからだ。こちらに砲口を向ける気にならない程度に消耗してくれないかなと、シュレーアは脳内で消極的な呟きをもらした。
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