第二百三十七話 戦士の休息

 いざ反撃、そういうことになったが、人間の体力には限界がある。輝星たちはメルエルハイム艦隊を誘導するため、随分と長い間戦場にとどまっていた。輝星らは皇国の切り札だ。今後も戦いが続くことを考えれば、酷使しすぎて消耗させるわけにもいかない。


「むぅ……」


 そういう訳で、輝星たちは前進する"レイディアント"ら戦艦部隊と入れ替わるようにして、後方のストライカー母艦へと送られてしまった。比較的安全な場所で休息をとらせるべしという、シュレーアの計らいである。

 輝星は口を尖らせ、ちいさく唸った。まだ自分は戦える、そう言いたいらしい。彼がいるのは、煤けた雰囲気のパイロット用待機室だ。古びたソファーが立ち並び、壁には電源の落ちた大型モニターと半裸の少年のポスターが張り付けられていた。


「そんな顔をしても駄目だぞ。切り札は適切なタイミングで切ってこそ効果を発揮するのだ。たかだか巡洋艦の群れを撃退する程度の任務に、ご主人様を出すわけにはいかぬ」


 苦笑しながら、ディアローズは隣に座る輝星の頭を撫でた。ソファーのへたったスプリングが、ギシリと耳障りな音を立てた。


「休息も騎士の仕事のひとつ、ですわよ」


 対面のソファーでだらしなく横になったエレノールが、眠そうな声で言った。彼女のみならず、テルシスとサキも居る。メルエルハイム艦隊の先導をしたゼニス部隊のパイロットは、すべてこの待機室に集められていた。ちなみに、それに同行した量産機部隊のパイロットたちは、同じ艦の別の部屋に詰め込まれている。


「……しかし、ひどい部屋ですわね。このわたくしに、こんな寝心地の悪いベッドを寄越すとは」


 輝星の座っているものと同じく、そのソファーは長年の酷使がうかがわれるくたびれたモノだ。高位貴族に使わせる物としては明らかに不適当だろう。しかしこれは、仕方のない事だ。

 ストライカー母艦というのは巨大なコンテナにロケットエンジンと艦橋をくっつけただけといった風情の簡素な軍艦で、数合わせの平民部隊を乗せるための艦種だ。もともと、貴族を乗せるような部屋は存在しない。だが、休息に使える艦はこれしかなかったのだ。


「へっ、この程度で泣き言が出るとは軟弱だな」


 一方、平民出身のサキといえば落ち着いたものだ。床で直接胡坐をかき、合成肉のジャーキーをかじっている。


「あいつも貴族サマだろ? お前も見習ったらどうだ」


 サキの指さす先には、壁に背中を預けて熟睡するテルシスの姿があった。彼女は自己鍛錬のため野宿なども日常的に行っているらしく、文句も言わずに一瞬で寝入ってしまった。ある意味、戦士としては理想的な性格かもしれない。


「寝心地の悪さは我慢いたしますが、せめて枕が欲しいですわ! 輝星! ひざまくらをしてくださいまし!」


「駄目に決まっておるだろうが」


 突然矛先を向けられた輝星だが、彼が何かを言う前にディアローズが半目になって拒否した。まるで野良犬でも追い払うような仕草で、手をシッシと振る。


「貴様に膝など貸しては、ご主人様が休めぬではないか。……うむ、しかし膝枕というのは良いアイデアだ」


 ふと思い立ったように、ディアローズはにやりと笑った。輝星に流し目を向け、自らの膝をぽんぽんと叩く。


「次の戦いに備えるためにも、少しでも眠っておいた方が良いだろう。そして、ご主人様に良質な睡眠を提供するのは、奴隷の責務だ。違うか?」


「正直、寝られる気があんまりしないんだけど……"エクス=カリバーン"の方に戻っちゃ駄目?」


 やや不満げに、輝星はぼやく。パイロットとしては天下無双の彼も、乗っている艦ごと沈められてしまえば抵抗のしようがない。そのため、いつでも出撃できるようコックピットで休息をとるのが、彼の流儀だった。今回に限って言えば、ディアローズらに強引に待機室へ連れ込まれてしまったが……。


「I-conに接続されたままでは、気が休まらぬではないか。わがままを言うでない」


 この艦の付近は平穏とはいえ、戦場では大規模な艦隊戦が発生している。当然、現在進行形で多数の戦死者が出ているだろう。ディアローズとしては、できるだけ彼をI-conから切断しておきたかった。死の想念が、彼の精神に悪影響をもたらしているのは明らかだからだ。


「ほれほれ、早くするのだ」


 なおも自分の膝を叩き続けるディアローズに、輝星は結局根負けした。ソファーに身を横たえ、彼女の膝に頭を乗せる。エレノールの言う通り、やはり寝心地があまり良くない。


「……」


 ディアローズは粘着質な笑みを浮かべてそっと前かがみになり、膝の上の輝星の顔面に自らの豊満な胸を乗せた。輝星が妙な声を上げる。柔らかく重いその感触は、疲れた体にはあまりに刺激的過ぎた。


「……何をしてますの、あなた」


 恐ろしく冷たい声で、エレノールが聞く。サキは無言でディアローズにガンを飛ばしていた。


「文字通りのスキンシップだが?」


「輝星が無駄に重い思いをするだけだろうが。さっさとどけろ」


「なあに、ご主人様はわらわの胸は好いてくれておる。ちょうど良いストレス解消になるであろうよ」


 勝ち誇った表情で、ディアローズはくつくつと笑った。サキとエレノールはなおも剣呑な視線を彼女に向けたが、こんなところで暴れて余計な体力は使いたくないため強制的に止めさせることもできない。結局、ディアローズの"スキンシップ"は休憩時間の最後まで続いた。

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