第二百三十六話 待ちわびた合流

 帝国軍前衛部隊はこうして、前後を敵に挟まれた状態になった。こうなれば、まともに戦闘を継続できるはずもない。前線部隊の指揮官は、早々に撤退命令を出した。


「やっとついたか……長かった」


 見慣れた白亜の巡洋戦艦を前に、輝星は大きく息を吐きだした。逃げ惑う帝国の駆逐艦やストライカーを蹴散らすこと三十分。輝星らは、なんとか皇国主力艦隊との合流に成功した。


「お疲れさまでした、輝星」


 無線から聞こえてくるのは、シュレーアの声だ。作戦の第一段階がうまく行ったことで、彼女も随分と安堵しているらしい。声には疲れが滲んでいた。


「これでなんとか、帝国軍と正面から戦う戦力が出来ました」


 現在の艦隊の戦艦の隻数は十八隻。これに、大小さまざまな補助艦艇が随伴している。個艦の戦闘力なども加味すれば、開戦前の皇国軍の総戦力を超えているだろう。大半が敵からの寝返り組とはいえ、敗色濃厚だったころを想えば感慨もひとしおだ。


「しかし、それでも敵の全軍とぶつかり合えば、負けるのは我が方であります。無謀な突撃作戦などは、取ってはならないのでありますよ」


 ソラナ参謀が釘を刺した。戦力比がましになったとはいえ、敵の主力と正面から殴り合えるほどではない。一時的には互角に戦えても、最後には包囲されて袋叩きにあってしまうだろう。


「ふむ……」


 シュレーアらの声を聴きながら、ディアローズはコンソールのモニターに戦術マップを表示させた。周囲の敵はすでに撤退済みだが、メルエルハイム艦隊を追跡してきた部隊はまだあきらめていない様子だ。

 敵部隊は今のところメルエムハイム艦隊のストライカー部隊が足止めしているものの、いつ突破されるかわかったものではない。ディアローズは自分の頬をぽんぽんと叩いた後、身体をぐっとのばした。ぴっちりとしたスーツに包まれた豊満な胸が、窮屈そうに強調される。


「んんっ! ……ふむ、いっそこれは、一度敵と真正面と当たった方が良いやもしれぬな」


「……ほう」


 何か言いたげなソラナ参謀だが、反射的にその言葉を否定したりはしない。ディアローズが並外れた戦術・戦略家であることは、彼女も良ーく知っているからだ。


「メルエムハイム艦隊追跡の為、帝国軍は足の速い部隊を前に出しておるからな。鈍足部隊と合流する前に、これを叩いておくべきだ。各個撃破を狙うわけだ」


「なるほど」


 一理ある作戦だ。"レイディアント"の司令官席に座ったまま、シュレーアは腕を組んだ。


「しかし、その結果対処できないほどの敵に囲まれたらどうするのです? 一度戦端を開けば、そう簡単に撤退はできませんよ」


「それも正論だ。しかし、おそらく敵は全戦力を一気に動かしたりはせぬはずだ。四天すべてがこちらに付き、ご主人様という特級の戦力もおる。質や士気の面で有利が取れる以上、少々の数の不利はなんとかできる」


「なぜ戦力を一気に動かさないと断言できるのでありますか?」


 戦力集中は戦術の基礎の基礎だ。そう簡単に敵が数の優位を手放すとは思えない。ソラナ参謀は小首をかしげた。


「確実に自分が安全だと思えるタイミングでなければ、皇帝は前線に出てこぬからだ。そして皇帝を護衛するのは、帝国軍の最精鋭部隊。こやつらがまとめて後方に居続ける以上、前に出てくるのは諸侯を中心とした寄せ集め部隊であろう」


「ふーむ……」


 皇帝の性格については、実の娘であるディアローズが一番詳しいはずだ。とはいえ、失敗した場合のリスクは極めて大きい。軽々に判断できる問題でもないので、シュレーアは助言を求めることにした。


「ヴァレンティナ、貴女はどう思いますか?」


「わたしかい?」


 "プロシア"から返ってきた声は、やや驚いたようなものだった。どうやらヴァレンティナは、自分の意見が求められるとは思っていなかったらしい。頼まれていなくても次々と作戦に口を出してくるディアローズと違い、彼女はあまりこの手の話題には積極的ではない。


「母上……いや、皇帝が慎重な性格なのは事実だよ。自分が矢面に立つことを、何より恐れる性格なのさ。この女の口車に乗るのはしゃくだが、勝ち目のない作戦ではない……と、思う」


「ふむ……ありがとうございます」


 シュレーアは腕を組んだまま、少し考えこんだ。周囲の幕僚たちは、無言で彼女の次の言葉を持つ。


「……もし、予想が外れて敵の主力が真正面から来た場合はどうします?」


「それこそ、簡単なことだ」


 ひどく自信ありげな様子で、ディアローズは言い放った。


「その時は、正面から皇帝の首を狙えばよいのだ。奴が戦艦に乗っていようがストライカーにのっていようが、ご主人様にかかれば容易に無力化できる。前にノコノコ出てきた瞬間に、皇帝の命運は尽きるのだ」


「確かに」


 ディアローズ自身、徹底して輝星の前には出ないよう動いていたことを思い出し、シュレーアは頷く。皇帝を一騎打ちに引きずり出し、これに勝利すればいかな大軍とはいえ士気は戦闘不能なまでに低下するであろう。

 諸侯などというのは、主家の武威に対して忠誠を誓っている連中が大半なのだ。その前提部分が崩れれば、たちどころに反旗を翻すのがヴルド人の流儀だ。


「それに、最悪例のバクダンもある。本来、ここで使うつもりはないのだが……いよいよ駄目となれば、あれを使うしかあるまい。部隊を撤退させる隙くらいは、稼げるであろう」


「あ、あれか……」


 若干恥ずかしげな声で、ヴァレンティナが唸る。シュレーアは引きつった顔で、顔を左右に振った。


「ま、いいでしょう。その作戦を採用します。全艦全速前進!」


 作戦が決まった以上、迅速に行動せねばらない。敵の快速部隊と鈍足部隊の合流は、可能な限り避けねばならないのだ。シュレーアは決断と同時に、命令を下した。


「目標はHフィールド。この地点で敵を迎え撃つのです!」

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