第二百三十五話 露払い

 輝星らを苛立たせた帝国の駆逐艦部隊だが、むこうからしても不幸な遭遇であることには変わりがなかった。なにしろ、敵と交戦していたら突然背後にも敵が現れたのである。


「こ、こいつら、味方じゃないの!?」


「メルエルハイム艦隊が裏切ったって情報は、本当だったのか!」


 大混乱をきたしている帝国軍の駆逐艦やストライカーに、メルエルハイム艦隊の艦砲射撃が容赦なく降り注ぐ。遠距離射撃であるため直撃弾こそ出ないが、予想だにしない方向から攻撃を受けたため帝国軍の士気は低い。戦艦に肉薄して反撃しようだなどという艦は、一隻も居なかった。

 

「さっさと退いてもらおうかっ!」


 逃げ惑う帝国艦隊に、輝星らが襲い掛かる。乱れた隊列では、まともな弾幕を張ることすらできない。主砲と対空機関砲の乏しい火力を"エクス=カリバーン"に向ける駆逐艦だったが、そんなものでは足止めにすらならない。

 案の定攻撃を防ぐことはできず、対艦ガンランチャーの一撃を推進ブロックに受けた駆逐艦は、艦尾から煙を吐きつつ明後日の方向に流れていった。防御力の高い大型艦ならともかく、駆逐艦程度ならストイライカーの火力でも問題なく撃破することが可能だ。


「ゼニスを艦に近づけさせるな!」


 艦隊の護衛を担当する帝国ストライカー部隊が、さらなる犠牲者をだすまいと輝星たちにまとわりつく。しかし、彼女らも一般量産機でゼニス・タイプに挑むのは分が悪い事くらいは当然理解している。反撃されてもすぐ逃げられるように、及び腰の射撃しかできない。


「その程度ではな!」


 半ばヤケクソのようにブラスターライフルを乱射する"ジェッタ"に、長剣を構えたテルシスが突撃した。近接特化の"ヴァーンウルフ"の加速力は、"ジェッタ"などではとても対応できない。


「う、うわわっ!?」


 "ジェッタ"のパイロットに出来るのは、悲鳴を上げながらライフルの砲口を"ヴァーンウルフ"に向けることだけだ。しかしパイロットの指が操縦桿のトリガーを引くより早く、テルシスは剣を一閃する。彼女専用に鍛造された業物により、"ジェッタ"の真紅の装甲は濡れた紙のようにたやすく切り裂かれる。


「くううっ! "天剣"様! なぜ我々を裏切ったのです!」


 "ウィル"に乗った帝国兵が、悔しげな口調でテルシスを詰問した。四天は帝国の英雄だ。その矛先がまさか自分たちに向けられるなどというのは、認めたくもない現実だった。


「愛ゆえに!」


 そう言い放つなり、テルシスはスロットルを全開にする。砲弾のような勢いで自らに向かって肉薄する朱色のストライカーに、帝国兵は顔を引きつらせた。


「男かッ!」


 男日照りの兵隊に、彼氏ができた云々の話は禁句だ。"天剣"に対する尊敬も忘れ、帝国兵は瞬間沸騰した。背中からフォトンセイバーを抜き放ち、"ヴァーンウルフ"を迎撃する。


「その通り!」


 悪びれもせず、テルシスは言い切った。そのままの勢いで、長剣を大上段から振り下ろす。なんとかそれをフォトンセイバーで受け止める"ウィル"だったが、その衝撃でバランスを崩した隙に腹にキックを喰らう。


「ぐっ!」


 スラスターを焚いて体勢を立て直す"ウィル"だったが、彼女に出来る抵抗はそれまでだった。鋭い刺突が、真紅の重ストライカーの腹に突き刺さる。その胸を蹴り飛ばして、テルシスは深々と刺さった剣を引き抜いた。


「くっそぉ、あたしも男が欲しい~!!」


 腹の破孔から血のように作動油をまき散らしつつ、"ウィル"のパイロットは情けない声で叫んだ。その言葉に、テルシスは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ふっ、悪いな……」


「悪いなんて思っていないでしょう! テルシス様!」


 しかし即座に飛んできた罵声に、テルシスは思わず顔をしかめた。声の出所は当然、エレノールだ。


「敗者をいたぶるのは趣味が悪くですわよ!」


「結局貴様も追撃しておるではないか……」


 いまだ繋がりっぱなしの共通回線から聞こえてくる悲痛な叫びに苦笑しつつ、ディアローズは肩をすくめた。


「しかし、敵のこの脆弱さを見るに……味方部隊は近いな」


 彼女の視線の先には、メルエムハイム艦隊の砲撃から逃れるべく右往左往している帝国駆逐艦の姿があった。一見無様に見えるが、これは前方の敵に警戒している最中に後ろから敵が来たからと考えた方がいい。

 いかな精鋭とはいえ、予想外の方向から攻撃を受ければ脆いものだ。しかし、あくまでそれは奇襲の効果が発揮されている間だけだ。敵が体勢を立て直す前に敵陣を突破し、味方部隊と合流する必要がある。


「あの後、後方の大型巡洋艦を新たに撃破したという報告はない。今のところ追いつかれてはいないが……ここの敵を倒すのに手間取れば、どうなることやら」


 自らの顎をなでつつ、ディアローズは唸る。あくまで戦術アドバイザーという立場を堅持しつつも、やはり彼女の思考の方向性は指揮官のままだった。


「ご主人様、ここは駆逐艦を優先して叩くのだ。ストライカーは対ストライカー装備が中心、対艦部隊は他へ出払っているように見える。戦艦の脅威にはなりえぬであろう」


 残った敵ストライカーは無視して強引に戦域を突破すれば良い。彼女はそう結論付けた。


「任された!」


 にやりと笑って、輝星はスロットルを開いた。背部のロケットノズルが真っ青い噴射炎を吐き出し、機体を猛烈な勢いで加速させる。向かう先は、テルシスたちに向かって主砲を乱射している駆逐艦だ。

 駆逐艦は慌てて火砲の矛先を"エクス=カリバーン"に向けたが、そんなものに怯む輝星ではない。一分もかからず推進ブロックに対艦ミサイルを撃ち込まれ、自航もままならない鉄くずと化してしまった。輝星はそれを顧みることなく、次の獲物へと向かうのだった。

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