第二百三十四話 二正面作戦
シュレーアたちが宙雷戦隊と激戦を繰り広げていたころ、輝星たちもまた戦場の真っただ中にいた。
「しっつこいですわね! このっ!」
罵声を飛ばしながら、エレノールは連装メガブラスターライフルを"ウィル"へと打ち込む。実家の艦隊から愛用の兵装を受け取ったその時は上機嫌だった彼女だが、相次ぐ敵からの攻撃によりすっかり不機嫌になっている。
「うわわっ!」
コックピットに鳴り響いた警告音に、エレノールは慌てて回避機動をとった。先ほどまで"パーフィール"がいた空間を、複数の太いビームが通過する。艦砲射撃だ。
「く、厄介ですわねえ!」
彼女の視線の先には、真紅の塗装の大型巡洋艦がいた。戦艦と遜色ないほどの大きさを誇る、細長く優美な艦影を持つ強力な軍艦だ。大型巡洋艦は口径36cmの連装主砲五基をエレノールらにむけ、遠慮会釈のない熾烈な砲撃を加えている。
むろん、トップエースたるエレノールらは艦砲射撃にやられるほど鈍くはないが、一撃がかすっただけで機体が消し飛ぶような威力の砲撃を次々撃ち込まれるのはやはり緊張するものだ。
「やれやれ、面倒だな」
気楽な声で、テルシスが言い放った。彼女の機体は武装が剣のみだから、軍艦相手には攻撃のしようがない。対艦攻撃は他人に任せっきりだ。
「まったくっ! 自分は関係ないと思って……」
エレノールは吐き捨てたが、ぼやいても仕方がない。ちらりと計器を見て武装の残弾を確認し、言う。
「とはいえ、いい加減アレをなんとかしないと厄介ですわね! 輝星、行きますわよ!」
大型とはいえ所詮巡洋艦、本気で撃ち合えば戦艦主体のメルエルハイム艦隊の完勝に終わる。しかし敵にはいくらでも後詰がいるのだから、真正面から敵と相対するわけにはいかない。敵もそれがわかっているから、後ろからチクチク攻撃してメルエルハイム艦隊を足止めしようとしているわけだ。
「よし、任せろ!」
輝星は躊躇なく頷いた。正面からの艦隊戦が発生すれば、敵にも味方にも大勢の死者が出る。死の気配に敏感な輝星としては、それは避けたかった。小競り合いのうちに、敵艦を穏当な手段で黙らせる必要がある。
スロットルを開き、機体を加速させる。目標は当然、敵大型巡洋艦だ。主砲と高角砲のシャワーが、輝星とエレノールを迎え撃った。鋭角な進路変更を繰り返すことで、それを回避していく。
「んんーっ!」
口元を引きつらせ、ディアローズがくぐもった悲鳴を上げた。主砲にしろ高角砲にしろ、ストライカー程度なら一撃で仕留められる威力だ。そんなものが真正面から大量に飛んでくる光景は、見ているだけで胃が痛くなってきそうだった。
「なっさけないですわねえ! おっほほほほ!」
哄笑を上げるエレノールに、ディアローズはふんと鼻息を漏らした。
「恐怖を感じる神経もなさそうな阿呆め」
「後で一発ぶん殴って差し上げますから覚悟しておきなさい!!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる間に、敵の対空機関砲の射程に入る。色とりどりの曳光弾の奔流が、二機のゼニス・タイプを出迎えた。
濃密な弾幕だが、"凶星"と"天雷"を叩き落すには力不足だ。操縦桿を小刻みに操作しつつ、輝星は敵艦を観察した。ポケット戦艦と呼んでいい威容を誇る大艦だ。甲板や舷側に装備された高角砲・対空機関砲が、その無数の砲口を残らず輝星たちに向けている。
「推進ブロックを狙う!」
「はいはい、かしこまりましてよ!」
艦橋か主砲でも狙った方が速いのだが、それでは多くの死者を出してしまう。ロケットエンジンと噴射ノズルくらいしか収納されていない推進ブロックを狙うというのが、輝星の対艦攻撃の流儀だ。そのことは、もちろん事前にエレノールにも伝えている。
マゼンタとピュアホワイトのゼニスが、矢のような勢いで大型巡洋艦に迫る。対空砲火を巧みに回避しつつ、一直線に艦尾側から接近。"エクス=カリバーン"は対艦ガンランチャーを、"パーフィール"は連装メガブラスターライフルを、それぞれ巡洋艦の推進ブロックに向けた。
「まずは一発!」
対艦ミサイルと二条の高出力ビームは、狙いたがわず大型巡洋艦の推進ブロックに命中した。猛烈な爆発が起こり、船体が微かに揺らいだ。だが、スラスターの噴射炎はいささかも衰えてはいない。ダメージが足りないのだ。
しかし、豊富な対艦攻撃経験を持つ二人からすればその程度のことは予想の範囲内だ。対空砲火の執拗な火箭を避けつつ、機体をターンさせる。"エクス=カリバーン"は鈍角に、"パーフィール"は鋭角に。第二攻撃を仕掛けたのは、ややエレノールの方が速かった。
「そこ!」
初撃の弾痕に、エレノールはビームを撃ち込んだ。赤熱していた装甲が泡立ち、内部から爆炎が噴出する。さらにそこへ、輝星が対艦ミサイルまで見事命中させてみせた。推進剤が一気に気化したのか装甲の一部が異様に膨れあり、内部から白いガスが漏れだす。
「まずは一隻だ!」
こうなれば、もう自力での航行は不可能だ。歓声をあげつつ、輝星は次の大型巡洋艦に狙いを定めた。メルエルハイム艦隊を追跡する大型巡はまだまだいる。これらすべてを撃沈するのはさすがにつらいが、追撃をあきらめる程度には沈めておきたいところだ。しかし……
「輝星、聞こえるー?」
コックピットのスピーカーから、フレアの声が聞こえてきた。彼女はいったん"ダインスレイフ"から降り、メルエルハイム艦隊旗艦"メフィスト"で待機している。
「サキちゃんからの報告なんだけど、前方で帝国の駆逐艦の大群と遭遇したってさー。そこさえ突破すれば、もう皇国の勢力圏なんだけど……」
申し訳なさげな声でそう言った後、フレアは一瞬黙り込んだ。
「……戦艦部隊とはいえ、対艦ミサイルのラッキーショットにでも当たると不味いからさ。そっちはほどほどにして、駆逐艦の方を蹴散らしてほしいってさ」
「んんっ! せっかくイイところでしたのに!」
ここまで来て、大型巡洋艦への攻撃を中止しろだなどというのは、流石に生殺しだ。見事な手際で一隻撃破されてしまったため敵は動揺しているようで、対空砲の射撃も精彩を欠いている。ここはさらに攻撃を続けて、敵の士気を削ぎたいところなのだが……。
「わかったわかった、すぐ行く!」
とはいえ、艦隊からの要請を無視するわけにはいかない。輝星は不承不承と言った様子で頷いた。
「ごめんねー? 直掩部隊から一部抽出して、そっちの穴埋めに向かわせるそうだから……」
メルエルハイム家のストライカー部隊は精鋭ぞろいらしいが、輝星たちのように手際よく敵艦を仕留めるのはさすがに無理だろう。輝星は軽くため息を吐いた。前にも後ろにも敵がいるせいで、やりにくいことこの上ない。
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