第二百三十二話 迫撃、レイディアント
対空砲によってじりじりと数を減らしていく帝国ストライカー隊だが、彼女らはなおも肉薄攻撃をしかけてくる。五度目になる被弾の衝撃をこらえつつ、シュレーアはうめいた。
「やはり集中砲火を受けますか……!」
"レイディアント"と
とはいえ、慣熟訓練も終わっていない戦利艦や、元帝国軍人の将兵が運用しているヴァレンティナ麾下の戦艦に将旗を移すわけにもいかない。"レイディアント"が集中砲火を浴びるのは、最初から予想の範囲内だ。
「敵は……快速の駆逐艦や小型巡洋艦が主体の部隊。全速力で後退したところで、振り切るのは至難の業」
戦術マップが表示された手元のモニターを見ながら、シュレーアは人差し指で何度か自分の頬を弾く。
「とはいえ、戦闘をだらだらと長引かせれば、敵の増援によりじり貧になるのは確実」
「今は攻撃ではなく、受けに回るべき戦況であります。前線に展開している部隊をいったん後退させ、防御にあてるというのはいかがでありましょうか?」
傍の席に座っているソラナ参謀が提案した。彼女は戦術マップに表示された自軍の部隊をいくつか指し示し、言葉を続ける。
「Eフィールドに展開している第五艦隊をこちらに呼び戻し、我が艦隊と合流させるのであります。第五艦隊は、ストライカー母艦を中心とした部隊でありますから……ストライカーや、宙雷戦隊相手の戦いならば得手であります」
「……」
ソラナの案は、確かに検討に値するかもしれない。シュレーアは無言で、時計をちらりと見た。まだ、戦闘が始まってからは大した時間は経過していない。宇宙である程度の時間を稼ぎ、準備万端で地上戦にもつれ込むのがこの作戦の肝心な部分だ。
たしかにこの場を切り抜けるのは重要だが、先を考えれば今戦線を動かすのはよろしくない。この戦いで敗北すれば、それは即皇国の滅亡につながるのだ。ここは、多少のリスクを背負ってでも自分たちだけでこの盤面を耐え抜くべきだ。シュレーアはそう結論付けた。
「いえ、ここでEフィールドが失陥すれば、さらに敵がなだれ込んでくることになります。一時的に優勢に立てるとしても、時間が経過すれば戦力比はさらに敵に有利になってしまいます」
「それは……その通りでありますな」
「とにかく、今は……」
「防空巡"ゲンゲ"で爆発確認! 通信、途絶しています!」
悲鳴じみた索敵オペレーター声に、シュレーアはあわてて視線を外に向けた。外部カメラによって艦外の映像が表示された窓代わりの大型モニターには、爆炎を噴き出す華奢な巡洋艦の姿が映し出されていた。
真空の宇宙空間なので轟音も衝撃波も伝わってこない。しかし、おそらくは致命傷レベルのダメージを受けているのだろう。シュレーアは映像を拡大してみたが、船体後部の推進ブロックからは噴射炎が確認できない。行き足が完全に止まっているようだ。すぐ近くにいる帝国駆逐艦が、駄目押しのように主砲を撃ち込んでいた。
「……」
まずい。シュレーアは思わず舌打ちをしそうになった。"ゲンゲ"は防御陣形の一翼を担っていた巡洋艦だ。案の定、"ゲンゲ"の脱落した隙間から帝国駆逐艦が大挙して流れ込んでくる。
「主砲撃ち方やめ! 照準を敵駆逐艦十一番艦に変更だ、急げ!」
遠方の敵艦隊を狙っていた主砲が沈黙し、砲塔が接近してくる駆逐艦を迎え撃つべく旋回する。
「交互撃ち方に切り替え! 一撃必殺で叩き落すんだ」
「了解。照準完了、砲撃準備ヨシ」
「撃ち方はじめ!」
"レイディアント"の主砲たる41cm砲が咆哮する。連装砲のうち、片方だけ発射する射法だ。少ない火箭はしかし、至近距離ということもあって第一射で敵を捕らえた。
真正面から戦艦砲の直撃を受けた帝国駆逐艦は、赤熱した装甲板をまき散らしながら爆裂四散する。オーバーキルも甚だしい威力だ。しかし"レイディアント"のクルーたちに、それを喜ぶ余裕などない。
「次! 目標、敵小型巡洋艦三番艦」
砲塔が微かに動いて照準を修正し、先ほど発射されなかった方の主砲が吠えた。マグナム弾の直撃を受けたコーラ缶のように、巡洋艦が弾け飛ぶ。しかし、敵はまだまだいる。装填にかかる時間が、ひどくもどかしい。
「次弾より徹甲弾に切り替えだ」
焦りを隠しつつ、砲術長が命令する。いまだに敵ストライカー群の攻撃も続いており、高角砲を駆逐艦を撃破するための副砲としては使いにくい。対空射撃を止めれば、今度はストライカーの対艦ガンランチャーが降り注いでくることになるだろう。
「直掩機は何をしているのですか? カバーを急がせなさい!」
もちろん艦隊の周囲には護衛のストライカー隊も居るのだが、敵のストライカーを押さえるので精いっぱいのようだ。艦隊戦力はともかく、ストライカーに関しては帝国側のほうが戦力的に上のように見える。シュレーアは歯噛みした。
「敵艦から
「取り舵一杯! 照準を絞らせるな!」
「とーりかーじ! 一杯!」
艦が急旋回をはじめ、じりじりとしたGが体にかかる。遅れて、敵艦が主砲を撃ち始めた。その真紅のビームのほとんどは目標を外れて虚空へと消え去ったが、一部は"レイディアント"や"プロシア"に命中する。
所詮は小口径砲。当たったところで、戦艦の装甲は貫通できない。しかし非装甲部へは、多少のダメージを与えることはできる。
「三番航法レーダー破損!」
「火器管制レーダーじゃない! 平気だ!」
ヤケクソじみた艦長の叫びに連動するようにして、主砲が再び発射された。放たれた徹甲弾は駆逐艦の装甲をたやすく貫き、艦内で爆発した。爆圧に耐えきれず、駆逐艦は火中に投げ込んだガスボンベのように膨らんだ後一瞬にして破裂する。
他の味方戦艦も当然迎撃には参加しているので、ほかにも何隻もの駆逐艦が一瞬にして沈んでいる。しかし、それでも敵宙雷戦隊は怯まない。
「く……」
シュレーアの呻きとともに、敵駆逐艦に装備されている砲塔式の635mm三連装ガンランチャーが獲物を求めて旋回した。弾速の遅い大型ミサイルを遠距離で発砲しても、簡単に迎撃されてしまう。敵は、十分肉薄してから発砲するつもりのようだ。
嫌な汗が、シュレーアの背中に伝う。迎撃は上手くいっているが、なにしろ敵の数が多い。主砲だけではとても処理できない。このままではさすがにまずい、そう思った時だった。
「……ッ!」
遠方から放たれた太いビームが、今にもミサイルを発射しようとしていた駆逐艦の艦橋を貫いた。
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