第二百三十話 回収

 それから三十分後。輝星たちはやってきたメルエルハイム艦隊によって回収された。艦隊は帝国軍によって追撃されていたが、機体は戦闘によって随分と消耗している。補給を受けるため、"エクス=カリバーン"は旗艦"メフィスト"に着艦した。


「無事合流できたはいいが、流石に面倒なことになっておるな」


 "メフィスト"の格納デッキでは、機体の補給作業が行われている傍ら、ディアローズやテルシス、それに、軍服を纏った壮年の女性……メルエルハイム艦隊の司令であるシラバが集まってああだこうだと話し合いをしていた。


「とにかく、我々の第一目標は皇国の本隊と合流することです。いかに我々が精強とはいえ、いつまでも敵中に居続ければ消耗は避けられません」


 床に置いたタブレット端末をいじって情報を表示させつつ、シラバが言う。現状、メルエルハイム艦隊は帝国軍の追手により攻撃を受けている状態だ。全力で航行しているものの、振り切れそうにはない。


「とはいえ、前線にも帝国軍は展開しているわけで……下手に突っ込めば、前後を敵に挟まれることになりますよ」


 眉間に皺を寄せながら、フレアは指摘した。、状況が状況なので、いつもの間延びした口調ではない。

 メルエルハイム艦隊の後方には追撃部隊が、そして前方には皇国軍を攻撃すべく布陣した前衛部隊がいる。フレアが言うように、このまま真っすぐ皇国軍の展開している宙域へつっこめば挟み撃ちは避けられないだろう。


「敵の追撃部隊の構成はどうなっておるのだ? 場合によっては、反転して撃破するという手もある」


「大型巡洋艦十隻を主体とした高速打撃艦隊のようです。ストライカーの数も多いので、おそらく後方にはストライカー母艦も居るでしょうな」


 ストライカーや駆逐艦といった快速部隊による攻撃は、すでに何回も受けている。艦隊は強固な迎撃陣形を組んでこれを阻止しているが、艦内で待機している方からすれば不安を感じずにはいられない。


「その程度なら仕留めきれそうだが……」


 自らの顎を撫でつつ、ディアローズは考え込む。


「しかし、戦闘をしている間に他の敵に捕捉される可能性も高い。反転は悪手か」


 とにかく今は、戦闘の回数を出来るだけ少なくしなくてはならない。とにかく消耗は避けて動きたいのだ。


「この艦隊の速力は? 戦艦が主軸の艦隊だ、あまり足が速くないのではないか?」


「それについては問題ありません。当家の派遣した戦艦六隻は、すべて"プロシア"と準同型艦の"メフィスト"型です。巡洋艦と比較しても、遜色のない加速性能を確保しています」


「もう二隻は?」


 ディアローズは鋭い視線をエレノールに向けた。残りの戦艦は、彼女の実家であるファフリータ家から派遣されたものだ。

 当のエレノールは、エナジーバー(棒状のビスケット型戦闘糧食)を両手で持ってリスのような仕草でカリカリと食べていた。突然自分が話題に昇ったので、慌てて顔を上げる。ほっぺたには、ビスケットの屑がついていた。


「ああ、ええと……当家の"ロンヴァンス"型巡洋戦艦も、速力に関しては巡洋艦相当なので大丈夫だと思いますわよ。……まあ、おかげで火力はかなり微妙ですけど……」


 最後の一言はかなり小声だったが。ディアローズもシラバもはっきりと聞こえていた。若干残念な気分になるが、いないよりはいるほうが圧倒的にマシだ。


「微妙というと、どのくらいだ」


「40cm三連装複合砲三機九門ですわ……」


 フレアは口をへの字にした。現在の皇国の旗艦である"レイディアント"の主砲が、41cm連装複合砲四基八門だ。微妙火力といいつつも、"レイディアント"のほうが若干劣っている。


「ふむ」


 そんなフレアの様子を見て、ディアローズがニヤリと意地悪そうに笑った。


「帝国標準の戦艦砲が46cmクラスだから、まあ正面から撃ち合うのはやや辛いだろう。しかしまあ、バカでかい巡洋艦だと思えば使いようもある」


 フレアは補給将校なので、敵軍の兵器については大してくわしくない。こっそり説明してやりつつ、ディアローズは腕を組んだ。


「速力が"プロシア"型と同等なら、追いつける戦艦は皇帝直轄の艦隊のもののみであろうな。ここは、逃げの一手を打つべきだろう。なあ、ご主人様よ」


「えっ!?」


 隅のほうで一心不乱にペンを動かしていた輝星が、驚いたように聞き返す。手には色紙の束が握られていた。マキナから押し付けられたものだ。


「帝国の追手とは、正面から戦うべきではないと言っているのだが……ご主人様、本気でサインなぞ書いてやっておるのか? 無視すれば良かろうに」


「いや、うん……」


 輝星は難しい顔をしつつ、ちらりと背後を見た。そこには手枷や足枷で拘束されたマキナたちウィベル猟犬団のメンツがいた。輝星たちと一緒に、捕虜として回収されたのだ。

 彼女らは一様に、茫然とした表情で虚空に視線をさ迷わせている。真っ白に燃え尽きた灰のような態度だ。マキナだけではなく攻撃を仕掛けてきた団員たちのすべてが輝星のファンだったらしく、彼の結婚報告を聞いてからずっとこの調子だった。


「なんか、悪いことしちゃったし……」


「我が主はやはりお優しい」


 無言で話を聞いていたテルシスが、肩をすくめた。


「しかしじきに、出撃用意が整います。そのような些事は作戦終了後に回すべきかと」


 テルシスの視線の先には、超特急で補給作業を進める整備クルーたちの姿があった。補給と言っても、せいぜい弾薬類と推進剤だけ補充すればよいだけなので、大した時間はかからない。ちなみに、皇国軍規格の弾薬はライドブースターに搭載したコンテナに入っていたものを使っている。


「彼女らの身柄は、我々メルエルハイム家がしっかりと預からせていただきます。我が主のお知り合いとあらば粗略には扱いませぬので、ご安心を」


「ありがとう、助かる」


 少し笑って、輝星は頭を下げた。一応とはいえ知り合いなのでそこらに放置していくのも気が引ける。ここは無人の星系なので、誰かが助けなければそのまま遭難してしまうのだ。


「そういえばあの人たち、自前の戦艦を拠点として使ってたはずだ。その戦艦が作戦後無事だったら、そっちに任せてしまおう」


「……ぶ、無事だったら、か」


 ディアローズが、若干引きつった表情になった。慌てて立ち上がり、こそこそとマキナたちに近づく。どうやら、何かを耳打ちしているようだ。

 何を言っているのかはわからないが、ディアローズのことなので放置しておくことにする。輝星はシラバの方を見た。


「それで……俺たちは当面、どう動けばいいんでしょ?」


「とりあえずは追手の迎撃。そして進路上で敵に接触すれば、前方に回って血路を切り開いていただく……これで良いでしょう」


 シラバは真面目くさった顔でそう言ってから、悪戯っぽく笑った。


「やや乱暴な作戦ではありますが、こちらにはジョーカー級の戦力がいくつもある。きっと上手くいくのではないかと」


 フレアの危惧をあえて無視したような作戦だが、現状ではそれ以外に選択肢はない。フレアは肩をすくめ、輝星はニヤリと笑った。


「ええ、任せてください」

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