第二百二十九話 ファン
輝星と一対一で相対することになったマキナは、即座にそくざにスロットルを全開にした。手にはハンドアックスを握っている。部下からの援護が望めなくなった以上、悠長に射撃戦をしている余裕はない。
「思い切りがいいじゃないか!」
チャンバラなら望むところだ。輝星は即座に、胸のハードポイントからもう一本のフォトンセイバーを引き抜いた。スラスターを吹かし、"ラーストチカ"との距離を詰める。
アックスの鈍い刃と、セイバーのビーム刃がぶつかり合った。重量的に斧の方が有利な分、"エクス=カリバーン"は押されて若干後退する。その隙を逃さず、マキナは"エクス=カリバーン"にシールドを叩きつけた。
「当たるかっ!」
しかし輝星は、シールドの正面を蹴ることでこれを回避した。宙返りのような動きで態勢を整えつつ、スロットルを開く。銃剣が星光を反射してギラリと輝いた。まさしく矢のような一撃だ。
「く!」
スラスターを吹かして、マキナはこれを何とか回避する。逆噴射で空ぶった勢いを殺しつつ、輝星はブラスターライフルを投げ捨てた。同時にワイヤーガンを放ち、ちょうど近くを浮遊していたウィベル猟犬団のマシンガンを回収する。
武骨なマシンガンを握ると自動でドライバーのインストールが始まったが、輝星はそれを手動で停止した。機体の火器管制システムとリンクしなくとも、引き金さえ引けばストライカー用火器は発砲できる。マニュアル照準を得意とする輝星には、それで十分だ。
「残弾……十二発?」
マシンガンの弾倉に装備された残弾カウンターを目ざとく見つけたディアローズが、引きつった笑みを浮かべた。こんな弾数では弾幕すら張れない。
「十分だ!」
輝星はそう叫びつつ、マシンガンを構えて"ラーストチカ"に突っ込んだ。シールドとアックスを構えたマキナがそれを迎え撃つ。
「させるか!」
マシンガンの砲口が、一瞬だけ瞬いた。砲弾はハンドアックスの柄に命中し、特殊合金製のそれをへし折ってしまう。
「なにっ!?」
さしものマキナも、これは予想外だ。内心の動揺をこらえつつ、フォトンセイバーの一撃をシールドで受け止めた。高温の粒子が塗装を焦がし、装甲表面を泡立たせる。
「ふっ!」
攻撃を一撃にとどめ、輝星は機体を旋回させて白兵距離から離脱した。その隙にマキナは役立たずになった斧を投げ捨て、脚部ハードポイントからフォトンセイバーのグリップを引き抜いた。青いビーム刃が、灰鉄色の機体を際立たせる。
「もう一回!」
緩いカーブを虚空に描きつつ、輝星は再び突撃を仕掛けた。今度はセイバーをセイバーで受け止めるマキナ。
「そう何度も!」
煩わしそうに、マキナはシールドバッシュを仕掛けた。輝星はこれをひらりと回避し、お返しとばかりに"ラーストチカ"の顔面にマシンガンの射撃を浴びせかけた。
「うわっ!?」
一瞬でメインカメラを破壊され、"ラーストチカ"のコックピットのメインモニターが暗転する。一瞬遅れて機体AIが自動で視界をサブカメラに切り替えたが、その時には既に"エクス=カリバーン"が肉薄していた。
リニア機構が唸り、パイルバンカーから杭が打ち出される。重合金製の杭は容易に"ラーストチカ"の正面装甲を貫通し、エンジンを破壊した。
「やはり及ばず、か……」
マキナは大きく息を吐き、脱力してシートに身を預けた。そして目をつぶりながら自分の頬を何度か叩き、無線のマイクに語り掛ける。
「それで……我々は"合格"を貰えたかな?」
「ご、合格?」
いったい何の話だと、輝星は顔を引きつらせた。
「約束しただろう? サインだ、サイン。次に会った時に、サインをくれるという話だったじゃないか」
「ん? あ、ああー!」
そこでやっと、輝星は約束とやらを思い出した。彼は以前、ウィベル猟犬団と戦ったことがある。その時に彼女らから、サインをねだられたのだ。面倒くさくなった輝星は、「また次の機会にしてくれ」と問題を先送りしたのである。
戦闘やストライカーに関する者ならともかく、その他の出来事に関する輝星の記憶力はガバガバだ。今の今まで、そんなことはすっかり忘れていたようだ。
「前回とは違い、今回はなかなか頑張れたと思う。我々にサインを与えてもいいと思えるくらいには、楽しめてもらえたかな?」
「さ、サイン欲しさに戦闘を仕掛けてきたのか、貴様ら……」
訳の分からないアホを見るような目で、ディアローズは破壊された"ラーストチカ"眺めた。
「ふっ……これでも私は"凶星"ファンクラブの一桁ナンバー持ちだからな……。ファンとしては、なかなか年季が入ってるんだぞ」
「そ、そんなのあるの……」
自身のファンクラブが存在していたことなどまったく知らなかった輝星は、顔にびっしりと冷や汗をかいていた。正直、聞きたくなかった事実だ。パパラッチでもされたら大事である。
「ま、まあ、サイン程度ならいいけどさ」
「……やった!」
花咲くような笑みでガッツポーズをするマキナ。輝星は引きつった表情で、小さく息を吐いた。
「ところで、一つ気になっていたんだが……そちらのコックピットに、妙な女が乗っているようだな。いったい、誰なんだ?」
そこで、ふと思い出した様子でマキナは聞いた。基本的にストライカーは単座だ。パイロット以外に誰かが同乗することは、あまりない。
「
その問いに、ディアローズはニヤリと笑った。酷く意地悪そうな笑みだった。
「
「酷い冗談だな」
マキナは鼻で笑った。しかし輝星は、何とも言えない表情でその言葉を否定する。
「いや、その……本当」
「……本当?」
「うん、本当」
推しのアイドルの結婚報告を見てしまったような表情で、マキナは声もなく崩れ落ちた。
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