第二百二十八話 激闘
皇帝が怒髪天を衝いている頃、輝星とウィベル猟犬団の戦いも佳境に差し掛かっていた。
「あと四機!」
"ヴァローナ"のエンジンをパイルバンカーで貫きながら、輝星は叫んだ。すでに射撃武装の弾薬は尽きている。敵は格闘で仕留めるほかない。
とはいえ、残弾が乏しいのはウィベルも同じことだ。すでに多くの機体は撃墜されてしまっているため、牽制射撃の弾幕もまともに形成できなくなっている。
「手こずらせてくれよってからに!」
自分が戦っているわけでもないのに、ディアローズは疲れたような表情で小さく息を吐いた。ハラハラするような状況に何度か追い込まれたため、随分と心労がたまっているようだ。
「流石だな、"凶星"ッ! やはり尊敬に値するッ!」
一方、不利な状況に追い込まれているはずのマキナ団長は、歓喜の表情を浮かべていた。その表情に、一切の焦りはない。"凶星"ならば、このくらいは当然にやってくるだろうと最初から分かっていた様子だ。
「このままではじり貧ですよ、団長。どうします?」
「決まっている! 最後まで全力で戦い抜くまでだ! "凶星"に失望されないようにな!」
「失望?」
開きっぱなしになっている共通回線から気になる単語が飛び出してきたが、今はそれどころではない。マシンガンの射撃を回避した"エクス=カリバーン"に、腰のマウントからハンドアックスを抜いた"ラーストチカ"が突っ込んできた。
「むっ!」
傭兵団の団長という役職にふさわしく、その突撃は巧みかつ鋭いものだった。輝星はこれを、左手で抜いたフォトンセイバーで受け止める。弾け飛ぶスパークと共に、素早く身をひるがえした"ラーストチカ"が強烈な膝蹴りを"エクス=カリバーン"の腹に放つ。
逆噴射をかけ、輝星はその一撃を紙一重で躱した。それと同時に、ライフルの先端に装着された銃剣で"ラーストチカ"を突く。マキナは機体を微かにずらして、なんとかそれを回避した。切っ先が装甲の塗膜を削り、ざりざりと不快な振動を奏でる。
「団長! 行きます!」
団員の警告と共に、マズルフラッシュが瞬く。誤射上等の乱暴な射撃だ。輝星は即座に"ラーストチカ"の胴体を蹴とばし、距離を取った。両者の間を、赤い炎の尾をひいた曳光弾が流星のように飛び去って行く。
「惜しい!」
自分ごと狙われたというのに、マキナは部下を叱責するでもなく悔しがった。
「次は警告なしで撃つんだ! そうでもしなければ"凶星"は捉えられない!」
どうやら、これも作戦のうちらしい。マシンガンの砲弾は一発でゼニスの装甲に致命打を与えるほど高威力ではないが、それでもなかなかの覚悟がなければこんな判断は下せない。ディアローズの額に、冷や汗が一筋流れた。
「面倒くさい連中だな……! いちいち付き合っておったら、身が持たぬぞ! はやく片付けるのだっ!」
「言われなくとも!」
本来なら、こんな場所で時間を食われている余裕はないのだ。出来るだけ早くサキたちと合流し、メルエルハイム艦隊を先導しなければならない。
とにかく、今は敵の機数を減らす必要がある。マキナ団長は手ごわい敵だ。優秀な団員たちの援護下で戦えば、負けはしないにしてもかなりの時間を稼がれてしまう。ここはやはり、当初の方針通り部下たちを優先して墜としていくのが一番だろう。
「くっ!」
スラスターを吹かして突進してくる"エクス=カリバーン"に、団員は歯噛みした。"ヴァローナ"は優秀な機体だが、さすがにゼニス・タイプと互角に戦えるほどのスペックはない。後退して距離を取ろうにも、加速力は圧倒的に"エクス=カリバーン"の方が上なのだ。
取れる手段はただ一つ、迎撃だ。団員が操縦桿のトリガーを引くとマシンガンが軽やかに砲弾を吐き出したが、数秒で沈黙してしまう。
『残弾ゼロ』
AI音声が無味乾燥な声で絶望的な報告を上げた。団員は即座にマシンガンを捨て、腰の鞘からロングソードを引き抜いた。迫る輝星のフォトンセイバーをそれで防ごうとするが、"エクス=カリバーン"の頭部で機銃の発砲炎が瞬く。
飛来した銃弾は狙いたがわず、ロングソードの柄を握っていた"ヴァローナ"の手に襲い掛かった。関節部の隙間に突入した銃弾が内部のモーターや配線を滅茶苦茶に破壊し、盛大な火花が散る。突如握力が喪失したことにより、ロングソードは明後日の方向に吹っ飛んでいった。
「ぐぬ!」
思わず歯噛みする団員だが、もはやどうしようもない。砲弾めいて放たれた銃剣による刺突が"ヴァローナ"の腹部に突き刺さり、ストライカーの心臓である相転移タービンが破滅的な振動と共に停止した。
「残り三機!」
「く、致し方あるまい! 最後の攻撃を仕掛けるぞ!」
ゼニスがいるとはいえ、わずか三機で輝星とまともに戦えるなどとはマキナも思ってはいまい。一か八かの賭けに出る以外に、勝ち筋はなかった。
マキナの指令を受け、二機の"ヴァローナ"がマシンガンを撃ち散らしつつ突撃してくる。それに続いて"ラーストチカ"もハンドアックスを大上段に構えての捨て身の攻撃に出た。
「しびれを切らしたか! チャンスだぞ!」
そんなことは言われなくともわかっている輝星だったが、奥ゆかしく文句は控えた。かわりにマシンガンの火箭を最小限の動きで回避しつつ、"ラーストチカ"を迎え撃つ。
「そこだっ!」
無防備な"ラーストチカ"の胴体に、ワイヤーガンのアンカーが突き刺さる。カーボンで織られたワイヤーがぴんと張り、巻き上げの勢いを利用して輝星は"ラーストチカ"をスイングして投げ飛ばした。アンカーが解放されるのと同時に吹っ飛んだマキナ機の先には、マシンガンを構えた"ヴァローナ"が居る。
「うわーっ!」
両機はすさまじい勢いで衝突し、悲鳴が上がった。そんな彼女らを無視して、輝星はフォトンセイバーを投げ飛ばす。目標は、突然の衝突事故に思わず目を奪われているもう一機の"ヴァローナ"だ。
宇宙を舞うビーム刃は狙いたがわず、"ヴァローナ"の腹に突き刺さった。一瞬遅れて、コンデンサーの電力を使い果たしたセイバーが粒子の発振をやめる。
「ぐ、ぐう……!」
しかし輝星は、そんな敵機の様子など気にも留めずライフルを構えて"ラーストチカ"に銃剣突撃を仕掛けた。衝突の衝撃でくらくらしていたマキナに、それを避けるだけの余裕はない。
歯を食いしばって攻撃に身構えるマキナだったが、最後の"ヴァローナ"が突如としてスラスターを焚いた。跳ねるような動きで、輝星の突撃の進路上へと飛び出してくる。
「ちぃっ!」
輝星はあわてず騒がず、その"ヴァローナ"の腹を銃剣で刺し貫いた。一瞬の早業だったが、その間にマキナは動揺から脱していた。スロットルを開き、"エクス=カリバーン"から距離を取る。
「これで一対一だ……!」
そう告げる輝星に、マキナは口角を引き上げた。
「上等だ、やってやる!」
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