第二百二十七話 憤怒の皇帝

「ラギア侯爵より報告! Rフィールドの制圧が完了したとのことです」


 帝国軍総旗艦"オーデルクロイス"の艦橋は、膨大な数の部隊を指揮するため修羅場の様相を呈していた。オペレーターはひっきりなしに各戦場から送られてくる報告を読み上げ、将校たちがああだこうだと各方面に指示を飛ばしている。


「戦果と損害は?」


 総司令官席にふんぞり返った皇帝ウィレンジア・レンダ・アーガレインが、たたんだ扇子を手の中で弄びつつ聞き返した。


「小型巡洋艦二隻と駆逐艦五隻を撃沈、中型巡洋艦一隻を撃破とのことです」


「ふむ」


 制圧に成功したとはいえ、芳しい戦果ではない。皇国軍はあくまで遅滞を目的に戦い、致命的な被害を被る前に撤退したのだろう。皇帝の眉間に皺が寄った。


「で、被害は?」


「諸侯軍の中型巡洋艦二隻、駆逐艦八隻沈没。戦艦一隻が中破し戦闘不能……」


「こちらのほうが大きな被害を被っておるではないか!」


 扇子で乱暴に手を叩きつつ、皇帝は弾けるような大声で叫んだ。報告をしたオペレーターが思わずびくりと震える。


「旧式艦ばかりの田舎軍とまともに統制もとれていない反乱軍の寄せ集めだぞ! どこに苦戦する要素がある!」


 そうは言っても、今前線で戦っている部隊は大小さまざまな領主の手勢をまとめただけの諸侯軍だ。寄せ集めなのは帝国軍も同じことであり、ある程度の苦戦は仕方のない事と言える。

 だが、そんな理屈は皇帝にとってはどうでもいいことだ。自らの部下が、賊軍ごときに後れを取っている。その事実だけで、我慢がならないほど不愉快だった。


「予備部隊を出せ! 数で押しつぶすのだ! 情けない戦いぶりをする輩がいれば、後ろから撃っても構わん!」


「陛下、こちらの陣地に突入してきたゼニス・タイプの小部隊の件もあります。予備部隊を動かすのは時期尚早では……」


 幕僚の一人が、おずおずといった様子で進言した。輝星たちの部隊が突っ込んできたという報告は、当然帝国の司令部にも上がってきていた。

 ゼニスとはいえ数機では大したことはできないだろうが、敵側のなんらかの作戦の前触れという可能性もある。後詰の部隊を動かすのは、相手の出方を見てからでも遅くはないというのが幕僚の考えだった。


「ふん、ゼニスが三機だか四機だか集まって突っ込んできたところで、何が出来るというのか」


 しかし皇帝は、幕僚を心底馬鹿にしたような表情で見下ろしつつその豊満な胸を張った。


「おおかた、正攻法では勝てぬというので精鋭部隊で余の首を狙っているのだろう。ふん、愚かなことだ」


 皇帝はニタニタと笑いながら、扇子をいじる。


「どんな精鋭でも、弾薬や推進剤を使い果たしてしまえば何もできませぬ。どう頑張ったところで、皇帝陛下の御前に出てくることすらままならぬでしょうな」


 主席幕僚が、媚びたような口調で追従した。当然だが、皇帝の座乗艦である"オーデルクロイス"は艦隊のもっとも奥まった場所に配置されている。周囲は精鋭の護衛艦隊で固めており、一機のストライカーの突破も許さない鉄壁の防衛体制だ。


「そういうことだ。所詮は烏合の衆、何を警戒することがあるというのか。貴様らの仕事は、余の――皇帝の武威を示すこと、ただその一点だけだ」


 ぱんと扇子を手に叩きつけつつ、皇帝はそう断言した。


「敗北主義的な誇大妄想にふける暇があれば、一分一秒でも早く敵を撃滅出来るよう粉骨砕身努力せよ」


「は……」


 幕僚は、不承不承と言った様子で頷いた。言いたいことは当然あるが、あまりしつこいことを言っていると物理的に首が飛びかねない。たとえ実績のある有能な人間でも、自分の意にそわないようであれば即座にギロチンかけるのが皇帝のやり口だった。


「Eフィールドを突破しました! 前衛部隊が敵主力と交戦を開始した模様!」


「くく、やっとか。待たせおって」


 待ち望んでいた報告に、皇帝は思わず席から立ち上がった。交戦開始以降、皇国軍は巧みな遅滞戦術により帝国軍を足止めしており、その攻撃は遅々として進まなかった。

 しかし、本隊さえ補足してしまえばこちらのものだ。その圧倒的な戦力で敵旗艦を押しつぶし、残る敵は各個撃破すればよい。指揮系統さえ潰してしまえば、末端の部隊はまともに動けなくなってしまう。


「全軍出撃せよ! 目標は……」


「報告! メルエムハイム公爵家とファフリータ伯爵家の軍が離反し、突如わが軍に攻撃を仕掛けてきた模様!」


「な、な、なにーッ!!」


 突然の凶報に、皇帝は顔を真っ赤にした。四天がしくじったため、両家の艦隊は外様に配置していたが……いくらなんでも、いきなり反乱を企てるというのは予想外だ。


「ど、どういうことだ? 詳細を報告せよ!」


「ふ、不明です! 突如、こちらの部隊に発砲してきたとか……現場は混乱しており、まともな報告が上がってこないのです!」


 報告するオペレーターは、ほとんど泣き声に近かった。こんな報告をしてしまったが最後、皇帝がどのような態度を取るのかよくわかっていたからだ。


「ふざけるなーっ!」


 案の定、皇帝は怒りのままに扇子を足元に投げ捨てた。その破壊的な音に、艦橋中のクルーが背中を震わせる。


「何故裏切った! こんなところで余を裏切って、連中に何の得がある!」


 戦況は帝国側が圧倒的に有利であり、下克上を狙うにしてもタイミングが悪い。また、両家の艦隊は帝国本隊からかなり離れた場所に配置されているため、皇帝を倒そうにも攻撃は届かない。

 両家がいくら帝国でも屈指の大貴族とはいえ、帝国全軍を敵に回して勝てるはずもないのだ。合理的に考えて、ここで突然反旗を翻すメリットはない。だからこそ、皇帝は完全に混乱していた。


「連中は気でも狂ったのか! 救いようもない愚劣で恥知らずな下郎どもめ……! ええい、構わぬ! 皇国軍など、後回しだ! 賊軍に総攻撃をかけよ!」


 怒りのまま、皇帝は命令を下す。しかし前線部隊はすでに皇国軍の本隊との交戦を始めているのだ。ここで後方の部隊が別の対象を追い回し始めれば、作戦に致命的な齟齬が発生してしまうだろう。しかしそんなことは、頭に血の昇った皇帝にとってはどうでもいいことだった……。

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