第二百二十六話 艦隊合流

 予想外の方向からの熾烈な艦砲射撃に晒された帝国艦隊は、混乱の極致にあった。砲撃の出所は、明らかに味方の陣地だ。誰が敵かもわからない状況では、まともに戦闘などできるはずもない。


「この隙に早く艦隊と合流しよう。じきにまた乱戦になる」


 テルシスが剣の切っ先で砲撃の来た方向を指し示した。サキは頷き、スロットルを開く。テルシスらもそれに追従した。敵部隊は回避に忙しく、サキらを止めるだけの余裕はない

 戦艦砲の射程が長いとはいえ、ストライカーの速力をもってすればあっという間に距離を詰められる。数分もしないうちに、サキたちは八隻もの戦艦を中心に編成された大規模艦隊と遭遇した。艦の舷側には、それぞれ剣と盾や白百合の紋章が描かれている。


「これが?」


「ああ、拙者の艦隊だ。どうだ、なかなか壮観だろう?」


 そう語るテルシスの声は、非常に自慢げなものだった。彼女は帝国随一の大貴族であるメルエルハイム家の当主であり、当然配下の部隊も大勢抱えている。


「い、一応ファフリータ家の艦隊も混ざってますわよ。……流石にメルエムハイム艦隊に比べれば、やや見劣りはしますが」


 言い訳じみたエレノールの言葉に苦笑しつつ、サキは艦隊の方を確認する。一応念のため警戒はしているものの、その対空砲をこちらに指向してくる様子はない。


「これが全部味方? す、すごいねえ。ここまでとは……」


 感嘆の声を上げるフレア。戦艦八隻となると、かなりの戦力だ。それに、領地貴族は基本的に領地からすべての軍を出すことはない。周辺の諸侯が火事場泥棒を仕掛けてくる可能性が高いからだ。

 逆に言えば、本国にはさらなる予備戦力を備えているということに他ならない。両家を合わせれば、開戦前の皇国よりも多くの戦力を保有している可能性が高いのではないかと、フレアは密かに冷や汗をかいた。


「お館様、聞こえますか? こちら"メフィスト"。艦長のシラバです」


 そこへ、メルエムハイム艦隊の旗艦からテルシス機に通信が入ってくる。レーザー通信による個人回線だが、テルシスはコンソールを操作してデータリンクシステムに接続した。これで、通信内容は僚機にも聞こえるようになった。「当家の重鎮だ」と悪戯っぽい声で通信先を紹介してから、テルシスはこほんと咳払いする。


「無論だ。諸君、よく来てくれたな」


 返答するテルシスの声には、感慨深いものがあった。当主の命令とはいえ、陣中で主君を裏切るというのはなかなかに勇気が必要な行為だ。今は混乱の為帝国軍の攻撃はほとんどないが、すぐに体勢を整えて猛烈な反撃を仕掛けてくるはずだ。裏切り者を逃がすほど、アーガレイン帝家は甘くはない。


「帝国軍よりも、お館様のほうが怖いもので」


 しらじらしい声が"メフィスト"から返ってくる。流石に武家の家臣だけあって、なかなかに面の皮が厚い。


「その上、お館様が結婚なされるとなれば、盛大に祝砲をあげなければなりませんでしょう?」


「違いない」


 やや照れた様子で、テルシスは頷いた。フレアとエレノールが密かに頬を膨らませる。


「で……肝心かなめの婿殿はいずこへ? ストライカーを扱えば天下無双の男傑・・だと聞いているのですが」


「途中までは一緒だったのですけれど……わたくしたちのために敵の足止めをしていらっしゃいますわ」


「なんと! それは所謂、『ここは私に任せて先に行け!』というやつですか?」


「その通りだ」


 神妙に頷くテルシス。


「拙者の伴侶として、これ以上の方はおらぬだろう?」


「なるほどなるほど。お館様のお眼鏡にかなう殿方とは、いったいどのような方なのか興味がありましたが……そういうことでしたか」


 大貴族の当主であるテルシスが行き遅れ呼ばわりされかねない年齢になってもなお独身を辛い抜いていたのは、彼女が相手をえり好みしていたからだ。一般的なヴルド人男性は、テルシスからすれば情けなく見えてしまうのである。

 それが突然主家を裏切ってまで結婚するだなどと言い始めたのだから、相手がどんな男なのかはおのずと想像がつく。


「しかし、いけませんね。いかにお館様がお認めになったお方とはいえ、ここは敵中。万が一のこともあり得るでしょう。早く救援に向かわねば」


「ま、あいつなら大丈夫だろうけどよ」


 サキはボソリと呟いた。確かに状況だけ見れば非常に危険だが、あの輝星がそうそうおくれをとるとはとても思えなかったのだ。だからこそ、無謀な足止め作戦を認めもした。


「古馴染みの家臣との再会は結構なんだけどさー、そろそろ私のお仕事をさせてもらっていいかなー?」


 話が明後日の方向にそれていることを感じて、フレアがとげのある口調で釘を刺した。彼女の仕事は軍使だ。怖い思いをしてまでここまでやってきたのだから、さっさと任務を果たしたかった。


「ああ、すまない。こちらはカレンシア皇家の、フレア・ハインレッタ殿下だ」


「これは失礼しました。わたしはメルエムハイム家家臣の、オルクス・シラバです」


「フレアです。此度はわが国の要請に応えていただき、ありがとうございます」


 余所行きの口調で、フレアは返答する。


「できればじっくりとあいさつを交わして親睦を深めたいところですが、状況がそれを許しません。おっしゃる通り、北斗輝星氏を可及的速やかに回収し、わが軍の本陣に向かいましょう」


 フレアは強い口調で言った。帝国軍を裏切った以上、この艦隊は敵中で孤立しているようなものだ。出来るだけ早く味方と合流しなければ、いかに精強な部隊とはいえタダではすまないだろう。


「ええ、それがよろしいでしょう……。さて、新たなる主家のお方に、われわれの実力をお見せするとしましょうか」


 通信の向こう側で、獰猛な笑みを浮かべる気配がした。

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