第二百二十五話 パージ

 輝星がウィベル猟犬団と激戦を繰り広げている頃、別行動しているサキ達もまた戦闘の真っ最中だった。


「くっそ……流石に楽には進めないな!」


 接近する"ジェッタ"にショートマシンガンで牽制射撃を浴びせかけつつ、サキは苦々しく吐き捨てた。

 敵のいない宙域を選んで進んでいたサキ達だったが、遮蔽物もない宇宙空間で身を隠し続けるのは無理がある。結局帝国の索敵網に引っかかり、迎撃部隊との戦闘を強いられていた。


「ゼニスだろうが、たった三機で何ができるっ!」


 "ウィル"が三連カメラを光らせつつ、ロングソードを構えて突っ込んでくる。躊躇のない、鋭い突撃だ。サキは反射的に相手がベテランであることを直感した。


「くっ!」


 迎撃は間に合わない。サキは躊躇なくステップを蹴ってライドブースターを乗り捨てた。そのままショートマシンガンを投げ、腰の刀に手を当てる。


「このっ!」


 紫電を纏う居合抜きが、"ウィル"を襲う。しかし"ウィル"はそれをロングソードの腹で何とか受け止めた。剣は切断されたが、ギリギリで本体の装甲に刃は届かない。


「踏み込みが甘い!」


 "ウィル"は役立たずになったロングソードを捨て、背中からフォトンセイバーを抜き放った。しかし電磁抜刀の反動で、"ダインスレイフ"はまだ身動きがとれない。


「ちぃーっ!」


 反射的に、サキは操縦桿のトリガーを引いた。頭部連装機銃が火を噴き、"ウィル"の重装甲の前にあえなくはじき返される。12.7mmの小口径弾では、ストライカーの正面装甲を抜くなどとてもできない。


「おおっと、やらせませんわよっ!」


 ビーム刃が"ダインスレイフ"に当たる寸前に、直上から放たれたビームが"ウィル"の頭から股下までを貫いた。一拍置いて"ウィル"は小爆発を起こし、弾け飛んできた破片が"ダインスレイフ"の装甲を激しく叩いた。


「わりぃ!」


「貸しイチですわよ!」


 ロングブラスターライフルを構えたまま、嬉々とした声でエレノールは答えた。さすが四天と言うべきか、彼女はこの乱戦の中でも余裕を失っていない。サキは無意識に止めていた息を、ふうと吐き出した。


「……ごめん、サキちゃん」


 増設されたサブシートで、フレアがポツリと呟く。その表情はひどく憔悴していた。


「い、いや、さっきのはあたしのミスで、フレア殿下が悪いわけじゃ……」


 足手まといになっていることを恥じているのだろうと思ったサキは慌ててそう言った。しかしフレアは、首を左右に振る。


「そ、そうじゃなくて……」


「そうじゃなくて?」


「お、おしっこ、ちょっと漏れちゃった」


 サキは渋柿に大口を開けて噛みついてしまったような表情になった。


「そんなもん言わなきゃバレないんだから黙っといてください!!」


 パイロットスーツの密閉性は完璧だ。コックピットにはトイレが備え付けになっているためめったに活用されないが、長時間の戦闘に備えてオムツ機能も付いている。失禁したところで、本人が不快さをこらえれば誰も気づきはしない。


「そ、そっかあ……ははは……」


 真っ青な顔で、フレアは乾いた笑い声を漏らした。


「輝星の方の機体に乗らなくてよかった……」


 婚約者の前で失禁するなど、いくらなんでも恥ずかしすぎる。同乗しているのが同性で良かったと、フレアは遠い目をメインモニターに向けた。


「ったく!」


 文句を言いたい気分のサキだが、そんなことをしている余裕は一切ない。ロックオン警告アラートが鳴り響き、反射的に機体に回避機動を取らせる。先ほどまで"ダインスレイフ"が居た空間に、いくつもの太いビームが降り注いだ。


「中距離支援機か!」


 センサーでビームの出所を探ると、かなり離れた場所に複数の熱源があった。こちらの手持ちの武装が届く距離ではない。倒すには射撃を避けつつ肉薄するしかないだろう。


「延々狙撃され続けたら厄介だ。どうする?」


「拙者に任せてもらおう」


 長剣を片手に、テルシスが応えた。"ヴァーンウルフ"の偽装外装は、返り血めいたオイルでぬらぬらと光っている。すでに十機を超えるストライカーを切り捨てているのだ。

 "ヴァーンウルフ"はスラスターを全開にし、流れ星のように敵支援機部隊に迫った。支援部隊は肩に装備した大口径砲で迎え撃ったが、その大出力ビームは軽やかに回避されすべて虚空に消えていく。


「うわわわわっ! こないで!」


「ふっ、甘いな!」


 その化け物じみた加速力で、"ヴァーンウルフ"はあっという間に帝国の火力支援型ストライカー"ジェッタ・カノーネ"に肉薄した。長剣が閃き、次々と"ベレン"が切り捨てられていく。

 "ジェッタ・カノーネ"も両手で構えたマシンガンを撃ち散らしてなんとか"ヴァーンウルフ"を遠ざけようとしたが、テルシスの巧みな操縦の前には何の意味もなさない。支援機部隊は数分もしないうちに、全機が撃墜されてしまった。


「剣一本で、なんなのアイツ……」


「まるで"天剣"様じゃないか……まさか!?」


 銀河広しとはいえ、剣のみで戦うストライカー・パイロットなどそうそうは居ない。帝国兵たちは、"ヴァーンウルフ"に畏怖と疑念の目を向けた。


「ふむ、そろそろ潮時か」


 輝星ほど鋭敏ではなくとも、相対している敵の動揺はテルシスも感じ取っていた。裏切りを悟られないために機体にも偽装を施していたが、ここまで敵陣奥深くまで食い込めればもういいだろう。テルシスはちらりと戦術マップに目を向けた。


「ここならば……信号弾も確認できるはずだ。フレア殿下、ダミー外装のパージを提案する」


「あ、うん、いいんじゃないかなー?」


 突然話を振られたフレアは、慌てて頷いた。一応この場の指揮権は彼女が持っているが、あくまでフレアは補給将校だ。詳しい判断は現場に丸投げするしかない。


「やっとですのね! 待ちかねましたわよ!」


 デッドウェイトにしかならないダミー外装に業を煮やしていたエレノールが、歓声を上げた。躊躇なく拳を振り上げ、コンソールに増設されていたボタンを保護カバーごと叩き潰す。

 "パーフィール"の機体各所で爆砕ボルトが作動し、ダミー外装が弾け飛ぶ。中から出てきたのは、当然彼女にとって見慣れたマゼンタ色のゼニス・タイプだ。


「うっ!? あ、あれは、"パーフィール"……!」


「あっちは"ヴァーンウルフ"よ! ああ、まさか本当に……!?」


 帝国軍の象徴である四天は、当然末端の兵士にもよく知られた存在だ。プロパガンダ映像などでよく見た機体が、目の前にいる。しかも敵としてだ。帝国兵たちの間に、深刻な動揺が広がっていく。

 そこで突然、"ヴァーンウルフ"の肩から小型のロケット弾が真上に向かって放たれた。煙を吐きつつ飛翔したロケットは、数秒後に破裂して緑色の閃光を放つ。しばしして、その光に応えるようにして無数の艦砲射撃が帝国軍に襲い掛かった。


「な、何!? なんなの!?」


「うわーっ!」


 味方しかいない方向からいきなり攻撃を加えられた帝国部隊は、もはや阿鼻叫喚の様相を呈している。回避行動もとれず、何機ものストライカーが砲撃に飲まれて爆発四散した。撃墜を逃れた機体も、どこに逃げればいいのかわからず右往左往していた。にやと笑いつつ、テルシスは呟く。


「うむ……そこに居たのか、我が艦隊は……!」


 艦砲射撃の来た方向を見つめるテルシスの目には、誇らしげな色があった。

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