第二百二十話 敵陣打通作戦(5)

「しかし、連中もなかなかにしつこいな」


 ややげんなりした様子で、ディアローズが言った。彼女の視線は、コンソール・モニターに表示された戦術マップに向けられている。


「帝国前衛部隊の布陣している宙域は、すでに突破しているというのに……」


「ゼニス・タイプを一機でも墜とせば大金星だ、下級貴族どもは必死だろうさ。ま、それに付き合わされる平民の兵士たちは迷惑しているだろうが」


 後方から飛んでくるビームを次々と回避しつつ、サキが肩をすくめた。とはいえ、いつまでも攻撃を浴び続けるのはエースと言えどなかなかのプレッシャーだ。いい加減、振り切りたい気分に放っていた。


「ここらでいったん迎撃するか? 追撃に出てる部隊はそこまで多くない、勝算は十分にある」


 いかな帝国軍とはいえ、広大な宇宙空間を覆いつくすほどの数は居ない。全力突破の甲斐あって、輝星たちはすでに比較的安全な宙域まで到達していた。脅威となるのは、後ろからくる追手だけだ。


「ふむ、悪くはないアイデアだ」


 ディアローズは戦術マップを見ながら、頭の中で計算する。ここで迎撃に転じて追撃部隊を迎え撃った場合、敵の増援が来るまでどの程度の時間的な余裕があるだろうか?


「うむ、ではご主人様よ、その真価を発揮してもらおうか」


「任された!」


 相変わらずの奴隷とは思えない上から目線の号令だが、輝星は気にすることなくフットペダルを蹴った。"エクス=カリバーン"が跨っていたライドブースターから飛び降り、スラスターを吹かして反転する。


「ライドブースターのコントロールはこちらで受け持とう。存分に暴れるがいい」


 ライドブースターはレーザー通信の届く範囲であれば遠隔操縦することができる。戦闘に巻き込まれないよう、ディアローズはブースターを遠くへと誘導した。


「大物が引っかかったぞ! 叩き落せ!」


 帝国追撃部隊の指揮官である下級貴族が吠える。貴族と言っても、乗機は量産型のカスタム機だ。一騎討ちなど挑んでも勝ち目がない事はわかっているので、数の有利を生かして押しつぶすつもりだった。

 輝星はふむと小さく頷き、ブラスターライフルを無造作に構える。トリガーを引くと同時に放たれた緑の光弾は燐光めいた飛散粒子を曳きながら真っすぐに進む。ビームは設計上の有効射程をはるかに超えて飛び、後方で油断していた指揮官機のエンジン・ブロックを貫いた。


「女爵どのがやられた!」


「どういう距離の狙撃よっ! "天眼"様じゃあるまいに!」


 うろたえる部下たち。そこへ、これまたライドブースターを乗り捨てたテルシス機とエレノール機が突っ込んだ。


「雑兵は引っ込んでいなさい!」


「うわあああっ!」


 ダミー外装のせいで本領を発揮できないとはいえ、二人ともトップエースである。練度の足りない平民部隊では足止めにもならない。ビームや長剣の餌食になり、あっという間に数機が撃墜された。


「くくくくっ、随分と張り切っておるな。ご主人様、楽が出来そうだぞ?」


「まさか。キルスコアは俺が一番じゃなきゃな!」


 "凶星"としては、僚機の後塵を拝するわけにはいかない。輝星は即座にスラスターを吹かし、テルシスたちに合流した。


「ツギハギめっ!」


 "エクス=カリバーン"の皇国機と帝国機が合体したような外観を揶揄しつつ、"ジェッタ"がブラスターライフルを乱射した。ほとんどが明後日の方向に飛んでいったものの、一発だけは偶然輝星機へと向かってくる。

 が、素直に当たってやる輝星ではない。流れるような動作で左手でフォトンセイバーを抜き、粒子弾を打ち返した。自分の放ったビームに腹を撃ち抜かれ、"ジェッタ"は撃墜される。


「何アレ!?」


 "凶星"との戦闘を繰り返したカレンシア派遣艦隊と違い、今回の帝国軍の末端には輝星のことを知る者などほとんどいない。突然目の前で見せられた超絶技巧に、周囲の帝国兵たちは露骨に動揺した。


「とにかく弾幕を張るのよっ! 囲んで砲弾を撃ち込みまくりなさい!」


 いかにビームを剣で弾くような化け物でも、処理できる弾数には限りがあるはずだ。賢明なパイロットの命令に従い、帝国機は陣形を変えて"エクス=カリバーン"を取り囲もうとする。


「そうはさせないっての……!」


 が、それを許す輝星ではない。スラスターを焚いて加速し、包囲網のド真ん中に突っ込む。当然射撃が襲い掛かってきたが、わずかな動きのみでそれを回避し、回避しきれないものはセイバーで弾き飛ばした。


「うわわっ! こっちきた!」


「私が抑える! 援護射撃!」


 一機の"ジェッタ"が背負っていた両手剣を素早く抜き、突っ込んでくる"エクス=カリバーン"を迎え撃った。周囲の僚機が、輝星を押さえるように進路上にビームをばらまく。少しでも突進の勢いを押さえようというのだろう。


「いい度胸だ!」


 輝星はあえて加速を緩めず、絶妙なコントロールで射線を回避。突っ込んできた両手剣持ちの"ジェッタ"に、獰猛な笑みを向ける。


「貴様はここで止める!」


「止まってやるものかよっ!」


 大上段から振り下ろされた両手剣の一撃を、輝星は紙一重で避けた。それと同時に、"ジェッタ"の顔面へ頭部機銃を撃ち込んだ。至近距離で放たれた12.7mmの銃弾はしかし、素晴らしい反応で上げられ"ジェッタ"の肩で防がれる。ストライカーの武装としてはひどく非力な小口径弾は、装甲に弾かれむなしく火花を散らした。


「こやつ、平民ではなく騎士だな。反応がいい」


 ディアローズの呟きを聞きつつ、輝星は"ジェッタ"へとライフルの砲口を向けた。崩れた態勢を立て直していた"ジェッタ"は、慌てて両手剣の腹を盾のように構えてそれを防ごうとする。


「くっ!」


 が、それはあくまでフェイントだった。輝星はライフルの構えを解き、"ジェッタ"へ強烈なキックを放つ。なんとか剣を盾にしてそれを防いだ"ジェッタ"だったが、ゼニスのパワーにはあらがえず吹っ飛ばされてしまった。


「そこっ!」


 キックを防がれた反動を利用して宙返りした輝星は、背部にマウントしていた対艦ガンランチャーを発射した。火器管制システムでは対応していない常識外の攻撃だが、放たれたミサイルは狙いたがわず"ジェッタ"の下半身を吹き飛ばす。


「ああっ! エル様!」


 周囲の"ジェッタ"のパイロットたちが悲鳴を上げたが、他人を心配している場合ではない。輝星がライフルを連射すると、次々と"ジェッタ"は叩き落されていった。練度の低い平民兵など、輝星からすれば単なるマトだ。


「こ、こんなの勝てるわけがない……」


「退け、退けーっ! 命あっての物種だぞ!」


 あっという間に戦力を削り取られた追撃部隊は士気が崩壊し、戦意を失ってしまった。泡を食うようにして、後方に退いていく。もちろん、輝星たちはそれを追うことはない。あくまで撃退が目標だからだ。


「追い払ったか。これで快適にメルエルハイム艦隊へ向かえる」


 ほっと息を吐きつつそう言うディアローズだったが、輝星はニヤリと笑ってライフルを構えた。


「いや、新手だ」


「何っ!」


 慌ててレーダーに目を向けるディアローズ。しかし、敵の妨害電波によって、レーダースコープはノイズまみれになっていた。これでは索敵など無理だ。

 輝星が第六感的な方法で敵を感知しているのは、ディアローズも知っている。レーダーによる索敵をあきらめた彼女は、輝星の見ている方向へと自らも視線を向けた。言われてみれば、スラスターの噴射炎が星々に紛れるようにして遠い宇宙空間に光っている。


「この方向、先ほど突破してきた前衛部隊の機体ではないな……」


 テルシスがぽつりと、そんなことを呟いた。

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