第二百十九話 敵陣打通作戦(4)

 突入から十数分もたてば、戦艦による制圧射撃の効果も薄れてくる。宇宙空間を疾走する輝星らの周囲には、殺気立った敵機が集結していた。


「ザコもこれだけ集まるとさすがに厄介ですわね……!」


 ヘビーマシンガンで弾幕を張りつつ、エレノールが歯ぎしりした。四方八方に敵がいるため、精密な照準を付けている余裕がないのだ。


「そろそろこのハリボテをパージしてもよろしいのではなくて!? 動きにくくて仕方がありませんわ!」


 なにしろエレノールら四天は、偽装のためのダミー外装を機体に被せている。当然可動域は狭くなるし、重量増のせいで動きも鈍くなってしまう。いかなトップエースとはいえ、ハンデを背負ったまま大軍と対峙するのは辛いものがあった。


「奇襲効果を考えれば、もう少し待った方が良いだろう。ファフリータ家艦隊と合流したタイミングで脱ぎ捨てるのが最上だろうな」


 落ち着き払った声で、ディアローズが答える。索敵以外に特にやることもない彼女は、戦場の真ん中だというのに手持無沙汰な様子だった。驚くほどの精密さで機体を操る輝星を観察しつつ、操縦桿を指で軽く撫でる。


「ま、どうしてもというのならばパージしても良いがな? 合流前に撃墜されでもしたら、それこそ元も子もない」


「ふ、ふんっ! この"天雷"が、そうやすやすと墜とされるはずもないでしょう!」


 ここまで言われてしまえば、虚勢を張るしかないのがヴルド人貴族という生き物だ。エレノールは闘志をむき出しにしながら言い返した。


「流石だな」


 輝星はぼそりと呟きつつ、こちらに向けて飛来した複数のビームをひょいと避けた。敵に完全に包囲されている危険な状況だというのに、エレノールたちの士気は萎えていない。帝国最高戦力の名は伊達ではないようだ。

 もうしばらくの間鳴りっぱなしのロックオン警告アラートを手動で切りつつ、手近な"ジェッタ"をまた一機撃ち落とす。腹に穴をあけて力尽きる敵機から意識を離しつつ、輝星は空になった粒子マガジンを新品と交換した。


「"凶星"さん、残弾は?」


 護衛部隊の皇国兵が、落ち着いた声で聞く。輝星は先ほどから、かなりの回数ブラスターライフルを発砲していた。そろそろ弾薬の残量が怪しくなってきてもおかしくない。


「そろそろ補給が欲しいね」


「了解」


 敵の弾幕をかいくぐりつつ、皇国兵は"エクス=カリバーン"に接近する。そして、ケーブルでひとまとめにされた粒子マガジンを投げ渡した。一瞬の出来事だ。輝星はもちろん、皇国兵のほうもかなり腕が良くなければこうもスムーズにやりとりはできない。


「助かる!」


「弾薬運びがこっちの仕事ですからね。まぁ任せてください」


 くつくつと、愉快そうな笑い声をあげる皇国兵。護衛と言いつつも、彼女らの仕事はどちらかというと輝星らエース部隊へのサポートがメインなのだ。


「しっかし、いつまで耐えればいいんだ? これ」


 ぼやくような声音でサキが言う。同乗しているフレアのせいで十全に戦えない彼女としては、延々と敵の攻撃を受け続けるのは非常に辛いものがある。


「メルエルハイム家とファフリータ家の艦隊の位置に関しては、暗号通信で連絡が来ている。このままなら、あと三十分ほどで到着するはずだ」


「ちっ、無理難題言ってくれるぜ!」


「本当だよー!」


 サキの言葉に、ほとんど半泣きのフレアが同調した。至近弾を喰らうたびに、フレアは子供のような悲鳴を上げている。


「おほほほほっ! 愉快ですわねぇ! そろそろチビッているのではなくて!?」


「し、失礼だねえ!」


 憤慨するフレア。と、そこで大量の機関砲弾の嵐が"ダインスレイフ"へと襲い掛かった。駆逐艦が突撃してきたのだ。小型艦とはいえ、装備している対空機関砲の数はかなりのものだ。


「ひあっ!?」


 ほとんど光のカーテンのようにも見える機関砲弾の集中砲火に、フレアは顔を真っ青にした。ぐっと歯を噛み締めたサキが操縦桿を倒し、機体をロールさせる。間一髪で、機関砲弾は虚空に消えていった。

 それとほぼ同時に、輝星が背中の兵装マウントからメガブラスターライフルを引き抜いた。西部劇のガンマンさながらの抜き打ちで、太いビームを放つ。排出された空カートリッジが宙を舞い、粒子弾は帝国駆逐艦の推進ブロックを撃ち抜く。煙を噴出させながら、駆逐艦は明後日の方向へと飛んでいった。


「いいじゃないか! 駆逐艦程度ならこいつで十分だな」


 艦船が相手なら対艦ガンランチャーを使うのがベターだが、ビームに比べてミサイルはあまりにも弾速が遅い。ビームで有効な対艦攻撃が出来るというのは、かなり有難かった。


「巡洋艦以上ならともかく、駆逐艦以下のフネには十分効果がありますわよ!」


 メガブラスターライフルの元持ち主であるエレノールが、ドヤ顔になっていることがありありとわかる声音で言った。


「ほう! それはいいな、とてもいい!」


「き、輝星ったら、戦場じゃあ結構ワイルドなんだねー……」


 闘争心にあふれる声音の輝星に、フレアは額に浮かんだ冷や汗をぬぐいつつ呟く。平時の彼とは、まるで別人のようだ。


「ま、わが軍のトップエース様だもんねー……とはいえ、これじゃ私が王子様みたいだ……」


 ヴルド人社会における勇猛果敢な騎士に守られる存在と言えば、王子様と相場が決まっている。弟の顔を思い出しつつ、フレアは引きつった笑みを浮かべた。


 

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