第二百十八話 敵陣打通作戦(3)

 ボーゼス子爵らの奮戦により、戦艦部隊による制圧射撃は無事成功した。戦艦の圧倒的な火力から逃れるべく、前線に展開していた帝国の部隊は周囲に退避している。敵陣に突入するには、最適のタイミングだ。


「とつげーき!」


 勇ましい掛け声とともに、輝星は一気にスロットルを全開にした。ライドブースターによる補助もあり、機体は一気に加速する。サキ、テルシス、エレノールのゼニス部隊はもちろん、それを護衛する皇国精鋭の一個ストライカー中隊十六機もそれに続いた。


「何か突っ込んできたぞ!」


「ゼニスよ、誰か迎撃を!」


 敵の密度が薄くなっているとはいえ、完全に無人という訳ではない。制圧射撃を耐え抜いた帝国部隊が、次々と対空砲火を浴びせかけてくる。


「当たるかっての!」


 輝星は猛然と吠え、回避運動を取りつつ機体にブラスターライフルを構えさせた。本物の二輪車と違い、ライドブースターは両手を離したところで操縦に支障はない。


「メガ砲の方は使わぬのか?」


 レーダー画面を注視しつつ、ディアローズが聞く。今輝星が構えているのは、旧"カリバーン・リヴァイブ"も装備していた8.5Mwのライフルだ。エレノール機から引っぺがしたメガブラスターライフルではない。


「弾がもったいない!」


「あっちの方が射程が長いから、こちらとしては安心なのだがなあ」


 ディアローズとしては、敵をアウトレンジ攻撃で安全に仕留めてほしいらしい。しかし、輝星がそんな消極的な策を聞いてくれるはずもない。彼は問答無用でライフルをぶっ放した。こちらに向けてロングブラスターライフルを発砲しようとしていた"ジェッタ"が、エンジンを貫かれて吹き飛ぶ。


「射程がなんだって?」


「……いや、わらわが間違っていた」


 ことストライカー戦において、自分が輝星に口を出す余地はない。そのことを思い出したディアローズは、何とも言えない顔で肩をすくめた。

 そんなやり取りをしている間にも、輝星は射撃を止めはしなかった。敵の弾幕を見事に回避しつつ、反撃で次々と敵機を仕留めていく。その手際は、まさに一撃必殺という言葉そのままだ。


「すばらしい!」


 それを見ていたエレノールが称賛の声を上げた。その声音には、輝星が味方であることに対する安堵の色も含まれている。過去の戦いで見せられた輝星の圧倒的な戦闘力は、今も彼女の脳裏にハッキリと焼き付いている。


「わたくしも負けてはいられませんわね!」


 そう言って彼女は、右腕に装備していたヘビーマシンガンを発砲した。シュレーアの"ミストルティン"に装備されているものと同じモデルのモノだ。偽装の為、"パーフィール"本来の武装は隠してある。

 重苦しい反動リコイルが"パーフィール"のコックピットを揺らし、赤い曳光弾が宇宙を飛翔した。47mmの砲弾は、こちらに向けて突撃をかけようとしていた"ジェッタ"の小隊に殺到し、その行動を抑止する。動きを止めた"ジェッタ"を、左手で構えたロングブラスターライフルの速射で仕留めていくエレノール。


「エレノール卿、弾薬は温存しておくのだぞ。貴様は少しばかり、乱射魔トリガーハッピーの気質がある」


「貴女から見たらだれでもトリガーハッピーですわよ! テルシス様!」


 エレノールはひどく渋い表情で言い返した。なにしろ剣しか装備していない機体に乗っているのが、テルシスという女だ。弾切れと無縁なのはいいが、こうしてライドブースターに跨っているときは接近戦もしづらく、その真価は発揮しにくい。


「せめてカービンのひとつでも持ってきてほしかったですわ!」


「なに、拙者の腕前なら……」


 ニヤリと笑うなり、テルシスはスラスターを吹かした。青い噴射炎を彗星の尾のように曳きながら、"ヴァーンウルフ"はみるみる加速していく。ライドブースターは普及型のモデルだが、そこに最高クラスのゼニスの推力が加われば、"ジェッタ"などではとても対処できないスピードまで加速することが出来る。

 彼女はそのまま、敵編隊へとまっすぐ突っ込んでいった。"ジェッタ"が列をなして迎撃のビームを放つが、最低限の動きでそれを回避。そしてすれ違いざまに、"ジェッタ"を長剣で一刀両断にした。


「どうだ?」


「ブラスターなりなんなりをぶっ放した方が普通に早いですわ!」


「なんだとぉ……!」


 身もふたもない事を言われ、テルシスはいたく憤慨したようだ。戦場とは思えぬ気の抜けたやりとりに、思わず輝星は笑ってしまう。


「あの人たち、いつもあんな感じなの?」


「まあな。強さの代わりに協調性を失った連中だ。真面目に取り合っていると、胃がいくらあっても足りなくなるぞ」


 ディアローズの言葉には、ひどく実感が籠っていた。輝星は苦笑しつつ、ちらりと後方を確認する。テルシスらは前方で大暴れしているが、同行しているはずのサキが妙に静かだったからだ。


「サキ、大丈夫?」


 後ろの方を、サキの操る"ダインスレイフ"はおとなしく飛んでいた。時折ショートマシンガンで牽制射撃をするくらいで、その行動はおとなしいものだ。すこし心配になり、輝星は聞いてみる。


「あたしはな」


 答えたサキの声には、若干の呆れの色があった。


「ただ、フレア殿下がビビっちまって」


「ご、ごめんねー? 私ったら、前線なんか初めてで……」


 そう言うフレアの声は、若干震えていた。メルエムハイム家やファフリータ家に対する軍使として"ダインスレイフ"に同乗したフレアだったが、前線未経験の補給将校がいきなり敵陣のド真ん中に突入させられるのは少々無茶だったらしい。


「大丈夫、俺がいるんだから」


「ありがとうぅ……うう、ごめんね、情けなくってさー……」


 自己嫌悪した様子でそう言うフレアに、輝星は小さく笑った。へこむと自己嫌悪に走ってしまうところは、シュレーアとよく似ている。流石姉妹だなと、場違いな感想を覚えていた。


「ま、護衛もいるんだし……サキは安全運転で頼むよ。露払いは俺たちでやる」


「すまねえ、任せた」


 頷くサキの声には、自分も暴れる側にまわりたいという気分がにじんでいた。 

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