第二百二十一話 ウィベル猟犬団(1)

 敵増援はみるみる距離を詰めてきた。かなりのスピードだ。もはや離脱できるタイミングではなく、迎撃するほかないだろう。輝星は無言で、ブラスターライフルの弾倉を新しいものに変えた。


「妙な気配だ」


 彼の声とほぼ同時に、エレノールがロングブラスターライフルをぶっ放した。しかし敵部隊はそれを回避するだけで、応射はしてこない。いったいどういうつもりだと、ディアローズが訝しげに敵機の方を見た。灰鉄色の、見慣れない機体だ。真っ赤なモノアイ型カメラが、鬼火のように煌々と光っている。


「機種判定……"ヴァローナ"? 帝国の機体ではないな、何者だ?」


「聞こえるか、こちらウィベル猟犬団のマキナ・オブライエン」


 ディアローズの疑問に答えるように、無線のスピーカーから冷徹な声が聞こえてきた。共通回線だ。


「傭兵だな」


 ぼそりと呟く輝星。唇をかみつつ、記憶の中を探る。聞いたことのある名前だ、


「こちら"凶星"、北斗輝星。感度良好だ。……いったいなんの用だ?」


約束・・を果たしに来た。……ザコどもはさっさとどこへでも行け。我々の目当ては"凶星"だけだ」


「ザコ!? いまわたくしのことをザコと申しましたの!?」


 突然煽られたエレノールが瞬間沸騰した。頭がキンキンしてきそうなその叫び声に顔をしかめつつ、ディアローズは輝星の肩を叩く。


「約束とはなんだ?」


「わ、わからない……」


「……ま、おおかた昔の戦いでご主人様に墜とされただとか、そういうつまらぬ因縁であろう」


 全く心当たりがなさそうな様子の輝星に、ディアローズが投げやりな口調でそう言った。彼以外に用がないというのなら、そのくらいしか用件は思いつかない。


「とはいえ、この気配……連中、なかなかの手練れらしい。全員でかかっても、そこそこ時間がかかるぞ」


 敵部隊の機体である"ヴァローナ"は、量産型とはいえ地球製のハイエンド機だ。それにベテラン傭兵が乗っているというのなら、テルシスら四天の実力をもってしても鎧袖一触とはいかない。無論、負けはしないだろうが……今は敵の殲滅より優先すべき任務がある。


「ふむ、時間稼ぎをされるのは厄介だな。ご主人様、一人でやれるか?」


「俺を誰だと思っている?」


 その頼もしい答えに、ディアローズはニヤリと笑った。


「よし、ではエレノール。見逃してくれるというのだから、さっさと行くがよい。戦況は一刻を争う、余計なことで時間を浪費している余裕はないぞ」


「む、むう……!」


 正論である。エレノールは口惜しげに唸った。


「俺が残れば、ほかの連中は見逃してくれるんだな?」


「ああ」


 マキナと名乗った通信先の女は、厳かな口調で肯定した。操縦桿を撫でつつ思案する輝星。


「ずいぶんとナメたことを言ってくれるじゃねえか。輝星だけ孤立させて、集団でボコろうってのか?」


 随分と剣呑な声で、サキが文句を言う。彼女のすぐ直前に臨時増設されたサブシートにちょこんと収まったフレアが、コクコクと頷いた。


「ちょっとセコいんじゃないのー?」


「そうですわよ! 女の風上にも置けない屑ですわね!」


 気の短い人間であれば即座に撃発しそうな罵声だったが、傭兵部隊は誰一人挑発に応じない。ただ一人、マキナだけが陰鬱な笑い声をあげた。


「くくく、なんとでも言え。我々は猟犬、誇り高き狼などではない。勝てない相手には集団でかかる、当然のことだ」


 やはり彼女には輝星になにかしらの因縁があるらしい。明らかに、彼の戦闘能力を直接目にしたことのあるような言い方だった。


「むしろわたくしが相手になりますわよ! 輝星たちは早く先へ進むべきですわ!」


「それは……」


 正直約束がどうとか言われても思い出せないのだが、自分に売られた喧嘩なのだからエレノールたちに任せるのも気が引ける。


「いや、俺がやる。ここは任せて先に行け! ってヤツだ」


「むっ、燃えるシチェーションですな」


 若干羨ましそうな声で、テルシスが言う。その声音に、輝星を心配するような色はない。戦闘面においては、テルシスは彼を全面的に信頼している。


「エレノール卿、我々は我々の勤めを果たそう」


「むううううっ!」


 非常に不満げな様子のエレノールだったが、ディアローズの言うようにいつまでも悩んでいるような暇はない。ギリリを歯を噛み締めてから、深い深いため息を吐いた。


「仕方がありませんわね……行きますわよ!」


 迷いを振り切るように、"パーフィール"は一気に加速した。サキや護衛部隊もそれに続く。ウィベル猟犬団は宣言通り、彼女らを追うことはなかった。


「……よろしい」


 マキナは頷きながら、機体を前進させた。彼女は一人だけ、部下たちとは違う機体に乗っている。どうやらゼニス・タイプのようだ。


「それでは、マキナ・オブライエン、乗機は"ラーストチカ"……と、以下部下二十四名。"凶星"殿に決闘を申し込む」


「一騎討ちの口上だが、数だけ見ればリンチ以外の何物でもないな……」


 自分も一騎討ちの最中に部下を乱入させたくせに、ディアローズはひどく呆れた様子でそう言った。思わず苦笑する輝星だが、こほんと咳払いしてから彼女の返答する。


「北斗輝星、"エクス=カリバーン"。お受けしよう!」

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