第二百十六話 敵陣打通作戦(1)

 発進準備の終わった輝星たちは、デッキクルーによって発艦デッキに誘導された。デッキ中央に設置された電磁カタパルトには、ライドブースターが固定された状態だった。タイヤのないバイクを思わせるこの補助兵器は、ストライカーの機動性と航続距離を劇的に増加させることが出来る。この手の作戦には必須の存在だ。


「発艦許可はすでに出ています。順次発進どうぞ」


 管制オペレーターの指示に従い、機体をライドブースターに跨らせる。電子音声が、無味乾燥な声音でブースターとのリンクが完了したことを告げた。


「随分と荷物がたっぷりと載っておるな」


 ブースターの後部に取り付けられた大型コンテナをちらりと見つつ、ディアローズが呟いた。合成樹脂と軽合金で作られた、軍需品用の運搬などに使われるごく平凡なコンテナだ。これに何が搭載されているのか、彼女は聞かされていなかった。


「弾薬やフォトンセイバーなんかの予備ですよ! いくら皇国最強のエースでも、弾が切れれば戦闘どころじゃなくなりますからね」


 答えたのは輝星ではなく、機付長だった。"エクス=カリバーン"の初陣とあって、万一のトラブルに備え彼女とはいつでも無線がつながるようにしてある。合点がいった様子で、ディアローズが頷く。


わらわとの戦いの戦訓が生きているな。確かに、この男を弱体化しようと思えば弾切れを待つほかない」


「弾が切れるまで延々二線級の部隊をぶつけられたりしたからね……」


 過去の戦いを思い出し、輝星は軽く息を吐く。なかなか厄介な作戦だった。それを指揮していた女と、今ではこうして同じ機体に乗っているのだから運命とは不思議なものだ。


「このコンテナだけでなく、護衛の部隊にも予備弾薬をタップリ携行させるそうですよ。殿下も輝星さんをガッツリ活用する気ですね」


「有難いことじゃない」


 物資切れで立ち往生するよりは、周囲からサポートしてもらった方がよほどいい。それに見合うだけの活躍をする自信も、無論輝星にはあった。ニヤリと笑ってから、操縦桿をぐっと握る。


「発艦準備良し」


 彼の声を受け、ライドブースターの背後の床板がせりあがってきた。ブラストディフレクターと呼ばれる、スラスターの噴射炎を防ぐための装置だ。


「了解。デッキクルーの退避は完了しています。進路クリアー、カタパルト電圧良し。発艦、いつでもどうぞ」


 輝星は静かにスロットルを全開にした。"エクス=カリバーン"とライドブースターのスラスターが、青い噴射炎を猛烈に吐き出す。


「北斗輝星、出撃します」

 

 その声と同時に、電磁カタパルトが作動した。すさまじい勢いで、機体は艦外へと投げ飛ばされる。加速Gに体を蝕まれ、輝星は小さく呻き声をあげた。発艦など幾度となくこなしているが、それでもやはり彼の身体には負担が大きい。


「……」


 それを見つつ、ディアローズは無言で目を閉じる。ヴルド人である彼女からすれば、この程度の負荷にはなんの痛痒も感じない。身体性能の差は歴然だった。自分が苦しむ姿は輝星に見てほしいが、輝星の苦しむ姿は見たくないのが彼女の正直なところだ。


「ふう」


 とはいえ、発艦でGがかかるのは最初の一瞬のみ。巡航状態に入ると同時に、輝星は重い息を吐きだした。


「前線はだいぶ激しくやってるみたいだ」


 正面モニターに映し出された宇宙を見つつ、輝星は呟く。赤と緑のビームが交差し、断続的な爆発が発生する様子がはっきりと確認できる。そこから流れてくる微弱な思惟が、i-conを通じて彼の脳をチリチリと炙った。すでに少なからず死者は出ているようだ。


「あれを突破して敵陣深くに切り込むのが我らの仕事だ。出来るか?」


「誰に向かって言ってるんだ、誰に」


「で、あろうな」


 軽く笑いながら、ディアローズは視線をずらす。遅れて発艦してきた僚機が、"エクス=カリバーン"に合流したのだ。隣に飛来したのは、クロムイエローという派手な外装が特徴的な鎧武者めいた機体、"ダインスレイフ"。そしてその左右に、見たこともない奇妙なデザインの機体が続いた。


「くくく、随分と面白い状態になっておるな? ええ? テルシスにエレノールよ」


「ふん! 一時的なものですわよ!」


 その二機は当然、今回の策の主役ともいえるテルシスとエレノールの乗機だ。彼女らの機体には、余った資材を使ったダミー外装が被せられているのだ。そのおかげで、"ヴァーンウルフ"にしろ"パーフィール"にしろ、やたらとゴチャゴチャした格好の悪い姿になってしまっている。


「メルエムハイム家とファフリータ家の艦隊の離反を奇襲として使うならば、こちらに拙者たちがついていることはギリギリまで隠すべきだからな。致し方のない処置だ」


 そういうテルシスだったが、声には不満がにじんでいた。単純に見栄えが悪いし、余計な重量が追加されたせいで機体の動きも鈍くなっている。内心は今すぐにでも脱ぎ捨てたそうだ。


「で、でもさー、こんな状態で戦えるのかなー? 義姉さんとしては、安全第一でいって欲しいかなーって」


 おずおずとそう言ったのは、軍使として(なかば強引に)同行することになったフレアだ。彼女は今、"ダインスレイフ"のコックピットにサキと共に同乗している。普段前線に来ることのない補給将校であるフレアは、ずいぶんと恐怖を感じている様子だった。


「というか、なんで義姉さんはこっちなのかなー? できれば、輝星の機体がいいんだけど……」


「こんな狭いコックピットに三人も乗れるか!」


 ディアローズは思わず叫んだ。複座機と言っても、コックピットの容積はそこまで大きいものではない。単座機に二人乗るより、複座機に三人乗る方が明らかに狭いのだ。


「安全に送り届けるからじっとしてください! 殿下! 機外に投げ捨てるっすよ!」


 どうやら、フレアがコックピットでジタバタしたようだ。サキから厳しい声が飛ぶ。


「うう……なんでこんなことにー……」


 普段は後方にいる彼女だが、決戦ということもあって前線に応援に来たのが運の尽きだった。フレアは青い顔をしつつ、深いため息を吐いた。

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