第二百十四話 初動

「仕掛けてきましたか……」


 皇国総旗艦"レイディアント"の艦橋で、シュレーアが苦々しくつぶやいた。彼女は古びた司令官席に身を預けつつ、大型液晶モニターに表示された戦場の概略図を睨みつける。味方を表す青い光点群の周りを、すさまじい数の赤い光点が取り囲んでいた。


「流石に数が多い。一気に全力で来ましたね」


「しかし、敵の主力と思われる艦隊はいまだ確認できていないようであります。おそらく、後方で引きこもっているようでありますな」


 傍らに立つソラナ参謀が、張り詰めた声で答える。司令部には前線からリアルタイムで情報が送られ続けているが、それを確認する限り現在交戦中の敵部隊は練度や装備、家紋などから見て外様の諸侯軍が中心であるようだ。

 いわば、雑兵ということだ。これを撃退したところで、敵には無傷の精鋭がまるまる残っているということになる。


「敵の前衛とはあまり正面から戦いたくありませんね」


 うなりつつ、シュレーアは司令官席のアームレストを指で何度か叩いた。そしてシートに取り付けられたホルダーから樹脂製のボトルを引っ張り出し、中身の水を一口だけ飲む。


「迎撃しつつ前線の部隊をゆっくり後退させなさい。敵の遅滞を第一目標とし、こちらの損耗は出来るだけ避けるように」


「はっ!」


 幕僚が頷き、部下に命令を下す。ブリーフィングでサキが指摘したように、大軍を寡兵で迎え撃つには、障害物の何もない広々とした宇宙空間はかなり不適切だ。慎重に部隊を運用しなければ、あっという間に壊滅してしまいかねない。


「ところで、時間は? 何時間後に例のポイントに敵を誘導すれば良いのです?」


 今回の作戦は、敵の本隊を適切な時間にキルゾーンに引きずりだす必要がある。しかも、とある事情からそれはかなりシビアなタイミングで行わなくてはならなかった。


「……十一時間と二十三分後です」


「……」


 部下からの返答に、シュレーアは顔を引きつらせつつ目をそらした。惑星ガレアeへの再突入等の時間を考えても、かなりの期間宇宙で耐え抜く必要があるとわかったからだ。


「約半日ですか、なるほど……」


 自分の顎を撫でつつ、シュレーアは唸る。脳内では様々な作戦案が渦巻いていたが、そのどれもが大して効果があるようには思えない。どうするべきかと、彼女は考えあぐねていた。このままでは、作戦が第二段階に移行する前に致命的な被害を受けることは確実だ。


「意見を具申したい」


 悩む彼女に、ディアローズが声をかけた。艦橋の隅っこに設置された臨時のシートに腰掛けた彼女は、まるで玉座に収まった君主のように堂々とした様子だった。


「許可します」


 元敵とはいえ、シュレーアはディアローズのことをほぼ全面的に信頼していた。それに、指揮能力も味方の中ではピカイチだ。明らかに自分の手に負えない状況なのだから、彼女の手を借りるのも致し方がないだろう。幕僚の幾人かは、明らかに苦々しい表情をしていたが……。


「テルシス、エレノールを主軸に編成した部隊で、強行偵察をかけてはどうだろう? うまく敵の本隊が発見できれば、出鼻をくじくことが出来るはずだ」


「メルエルハイム家、ファフリータ家の艦隊の離反を促すわけですか」


 敵の艦隊には、こちら側に付いた四天であるテルシスとエレノールの実家の部隊も参加している。これらの家には、すでにこちらへ寝返るという密約が交わされていた。攻撃開始早々味方が離反し、陣中で暴れれば強大な帝国軍とはいえ少なからず被害を受けるはずだ。


「離反させるタイミングを迷っていましたが、確かに乱戦が発生する前に敵から切り離しておいた方が良いでしょうね」


 指で何度かアームレストを弾いてから、シュレーアは頷いた。厳重な電子妨害下では両家との連絡がつかないため、乱戦が始まってから軍使を派遣する予定だったのだが……テルシスらの突破能力ならば、敵の前衛部隊を抜くことも不可能ではないだろう。


「いいでしょう、突破部隊を編成させなさい。メンバーはテルシスさん、エレノールさんを中心にて、予備部隊を護衛につけましょう」


「殿下、先方に誠意を伝えるためにもこちらの部隊を同行させるべきでは?」


「そうですね、本来ならば私が出向くべきでしょうが……」


 シュレーアは参謀長のほうをちらりと伺った。厳しい表情を浮かべた老軍人は、無言で首を左右に振る。いくらなんでも、大将出陣にはタイミング的に早すぎる。


「牧島中尉の"ダインスレイフ"に姉上を乗せていきましょう。護衛に輝星さんをつけておけば、無事送り届けてくれるはずです」


 本音を言えば、シュレーアは輝星には安全な後方で待機していてほしかった。しかしこのギビしい戦力差では、使える駒はすべて使わざるを得ない。輝星が極めて強力な戦力であるのは事実なのだ。

 幸いにも、四天の二人の実力は本物だ。危険な敵中突破作戦とはいえ、彼女らがついていればある程度は安心できる。内心自分が同行できないことを悔しく思いつつも、シュレーアは素早く決断した。


「艦砲射撃で突破口を開くためにも、いったん我々戦艦部隊を前線にあげましょう。前線部隊の支援も兼ねてね」


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