第二百十二話 最終ブリーフィング

 薄暮の氷結惑星の空を、無数の軍艦が青い軌跡を残しながら飛翔する。皇国・ヴァレンティナ派連合軍の、全戦力と言っていい大部隊だ。


「……哨戒部隊が帝国艦隊の前衛らしき一群を確認しました」


 総旗艦"レイディアント"の会議室で、シュレーアが厳かに言った。


「おそらく、本星系へはあと一日もしないうちに到着するでしょう。敵艦隊はこちらとの決戦を求めてくると思われます。我々はこれを、全力で迎え撃ちます」


 ガレア星系の星図を正面モニターに表示させつつ、強い目つきで周囲を見まわすシュレーア。会議室には、この艦隊の主要な幹部が全員集まっていた。普段は戦艦"プロシア"に居るヴァレンティナたちの姿もある。戦闘開始前の、最後のブリーフィングだ。


「まず最初に、この惑星ガレアeの衛星軌道上に第一の防衛線を敷きます」


「軌道上で戦うのですか?」


 すかさず質問が飛んでくる。ガレアeの地表ではこれまで、工兵隊が様々な工事をしていた。宇宙で戦えば、これらの工作が無意味になってしまうのではないかという危惧からだろう。しかしシュレーアは、当然のように頷いた。


「はい。残念ながら、地上の防衛設備も数には限りがありますからね。最初から引きこもっていたら、あちこちに降下されて適切な迎撃作戦が展開できなくなる恐れがあります」


「確かに敵の数は膨大ですからね……四方八方から攻められれば、防備の薄い地点は容易に破られてしまう可能性がある」


「その通り。だからこそいったん宇宙で迎撃し、その後撤退を装い適切なポイントへ誘導する必要があるのです」


「ルボーアでは全方位からの飽和攻撃を受けて悲惨なことになりましたからね。なるほど、そういう理由でしたか」


 質問者は納得したように頷いたが、それを聞いていたサキは難しい顔をしながら隣の席の輝星の袖を引っ張った。


「しかし、宇宙じゃ戦力差がモロに出る。大丈夫かねぇ」


「そこはもう……俺たちで頑張るしかないんじゃないかなあ」


 惑星ガレアeの衛星軌道上にはいくつかの小さな衛星が浮かんでいるだけで、身を隠せるような暗礁宙域はないのだ。ゲリラ戦を行うのは不可能と言っていい。こうなると正面から撃ち合う以外の戦い方はできないので、当然戦力的に圧倒的に劣ったこちらはかなり不利な状況を強いられることになる。


「ふっ……こちらには、我々四天が全員ついているのです。多少数が劣っていたところで、大した問題ではありませんわ」


 そう言って髪をかき上げたのは、エレノールだ。その表情は、自信が満ち溢れている。しかし彼女の頭脳がいささか残念であることを知っているサキは、何とも言えない表情で肩をすくめた。


「ま、質の面ではややこちらが有利かもな」


「それだけではない。こやつらがこちらに付いたおかげで、士気の面でもかなり有利に立てるだろうな」


 ニヤと笑ったディアローズが指摘した。視線を正面のシュレーアに向けたまま、ブリーフィングの侵攻の妨げにならない程度の小声で続ける。


「なにしろ、四天の強さはプロパガンダとして帝国全軍に喧伝されているからな。それが突然自分たちに牙を剥くのだ。くくく、なかなかに愉快なことになるぞ……!」 


「性格の悪そうな言い方……」


 あくびをかみ殺しつつ、リレンが呟いた。ディアローズは怒ったりせず、すました顔で肩をすくめる。


「ま、なんにせよだ。宇宙である程度時間稼ぎをしなくては、この作戦は成功せぬ。ご主人様の言うように、貴様らの粉骨砕身の努力が必要だ」


「時間稼ぎ……?」


 今のシュレーアの話が本当ならば、帝国軍をキルゾーンに誘導するだけの作戦のはずだ。時間稼ぎなど、する必要もなさそうに思える。小さく首をかしげる輝星に、ディアローズは意味深な微笑を投げかけた。


「くふふ。実は、とっておきの策があるのだ」


「なんだか猛烈に悪い予感がしてきたな」


 防諜のためということで、作戦の骨子は輝星たちパイロットには知らされていないが……水爆だのなんだの、やたらと物騒な兵器をディアローズが要求していたことは、輝星も覚えていた。何をやる気かはわからないが、なにかとんでもないことをしでかすつもりなのは確かだろう。


「テメーが何を企んでようが知ったこっちゃねえけどよ……要するにあたしらは、どうすりゃいいわけだよ?」


「それは簡単だ。とにかく、合図が出るまでは帝国軍を足止めすることさえ考えていればよいのだ」


 そう言いながら、ディアローズは天を仰いだ。遠くを見るような目をしながら、言葉を続ける。


「ゼニスの機動性を生かして戦場を駆け回りつつ、指揮官機を墜として帝国軍の統制を乱すのだ。ルボーアでもセンステラでもやっていたことだろう?」


「なるほど、自分がやられた嫌なことを、そのままやり返すって訳かよ」


「うむ。ありていに言えば、そういうことだ」


 その言葉に、サキはふんと息を吐きながら腕を組んだ。


「面白れぇ、やってやろうじゃねえかよ」

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