第二百十一話 再結集、四天(2)

 同業者たちが自分を腫れもののように扱っていることは、輝星も知っていた。所かまわず喧嘩を売られるよりは余程マシだが、死兆星呼ばわりされるのはさすがに気に入らない。思考を巡らせながら、輝星は自分の手の甲を指で軽く叩く。


「……別に、後ろから撃ったりはしないよ。そんなに怖がらないで欲しい」


「その通りだ。近寄っただけで噛みついてくるような猛獣ではあるまいし」


 同調したのは、ヴァレンティナだった。彼女は薄く笑いつつ、輝星の肩を優しく抱く。その馴れ馴れしい手つきに、エレノールの目つきがやや険しくなった。しかし、面と向かって文句は言えない。結婚についてヴァレンティナには感づかれないようにするという方針は、彼女も承知していたからだ。


「むしろ噛みつくのはワタシデスよ。首元をこう、かぷかぷと」


 いつの間にか輝星の後ろに忍び寄っていたノラが、彼の背中に飛びついた。その白い首筋に八重歯を立てようとした彼女だったが、ヴァレンティナが無言でそれを引きはがし、すばやく関節をキメた。


「ウワーッ! ギブギブギブアップ!」


 非常に身長の高いヴァレンティナに押さえつけられれば、小柄なノラでは抵抗すら不可能だ。なぜ結果の分かり切った喧嘩を売るのかわからないと言いたげな表情で、ディアローズが彼女を一瞥する。


「まったく……人のオトコに手を出すべきではないということを、キミはそろそろ覚えた方がいいんじゃないかな?」


 人のオトコという単語に、一瞬エレノールとテルシスが目を見合わせ、気まずそうに肩をすくめる。ヴァレンティナに対して申し訳ない事をしているという自覚はあった。


「ま、まあ、こんな感じでさ、みんなとは仲良くやってるよ。お友達になろうとはいわないけど、リレンさんとも普通に同僚として付き合いたいんだけども……駄目かな」


「そ、それは……」


 目をそらすリレン。脳裏に思い浮かぶのは、惑星センステラ・プライムでの華麗なカウンタースナイプだ。厳重に隠蔽されたストライカーからの大気圏外狙撃を平気で回避し、普通のブラスターライフルで見事反撃を成功させるのは、強いとか凄いとかそういうレベルではなくもはや異能だ。

 ぶるぶると、彼女は激しく首を左右に振った。己の恐怖心を振り払うためだ。あまり情けない所を見せていると、それこそ無能な味方だと思われて後ろから撃たれかねない。もちろん輝星はそんなことはしないが、彼と付き合いの薄い彼女はつい極端なことを考えてしまったのである。


「う、うう……」


 歯を食いしばって、リレンは今日初めて輝星を真正面から見据えた。線の細い、守ってあげたくなるような美少年がそこにはいた。びくりと身体を震わせ、彼女は自分の胸を押さえる。心臓が、びっくりするほど跳ねまわっていた。緊張と恐怖のせいだ。

 少し驚いたように、リレンは慌てて輝星から視線をそらした。しばし息を整えてから、もう一度輝星の顔を見ると、心拍はさらに激しくなる。


「……」


 若干顔を赤くして、またも顔を逸らすリレン。吊り橋効果じみたわけのわからない作用が、彼女の精神に影響を与えていた。その様子を見て、ディアローズが目を細めて密かにため息を吐く。


「じゃ、じゃあ、その、最初はお友達から、ということで……」


 結局彼女はそっぽをむいたまま、そっと手を差し出した。握手をしよう、ということらしい。輝星は安どした様子で小さく息を吐き、その手を握ろうとする。


「ッ……!」


 が、指先同士が触れ合った瞬間、彼女は猛烈なスピードで手を引っ込めた。輝星が驚いて一歩身を引く。それを気にする余裕もなく、手をごしごしと服にこすりつけるリレン。そしてそのまま、無言で輝星の手を掴んでブンブンと振った。

 やたらと体温の高いリレンの手は、しっとりと湿っていた。おそらく冷や汗だろう。服で拭いてこれなのだから、先ほどまではそうとうベチャベチャだったに違いない。どれだけ怖がられているんだと、輝星は少し悲しい気分になった。


「よし、これで一件落着かな?」


 ニッコリと笑ったヴァレンティナが、二人の手をそっと離させた。そのまま大げさな仕草で肩をすくめる。


「いや、実は心配していたんだよ。リレンはずっと引きこもっていたからね、これでは連携に支障がでるんじゃないかなと、悪い想像をしてしまっていたのさ」


「確かにそうデスね。ワタシも同じ艦で生活しているってーのに、リレンサンとは全然顔を合わせなかったデスし」


「なんと」


 ノラの言葉に、テルシスが顔をしかめた。


「訓練にも出ていなかったのか、リレン卿」


「……出てない」


「それはよくない。よし、今から拙者と模擬戦だ」


「やめたまえ、実戦が近いんだぞ? 体力は温存してもらわないと困るじゃないか」


 慌ててテルシスを制止したのは、ヴァレンティナだった。演習の真っ最中に敵が襲来でもしてきたら、大変なことになる。今は戦闘部隊全体に待機命令が出ていた。動いているのは、哨戒を担当している部隊のみだ。


「では、なぜもっと早くにこの女を引っ張り出してこなかったのだ」


「エレノールを待ってたのさ。調略がうまくいったという話だったから……みんなが居た方が、リレンも出てきやすいだろう?」


「それは……どうかな」


 リレンが渋い表情を浮かべた。人がたくさんいるからこそ、顔を出しにくい場合もある。


「ま、なんにせよ結果オーライさ。さあ、四天も揃ったことだし、歓迎会をしようじゃないか。とっておきの料理を用意してるんだ」


 ひどく嬉しそうな笑顔でそう言うヴァレンティナに、一行は思わず顔を見合わせた。輝星たちは、"レイディアント"でとっくに夕食を終えているのである。


「ど、どうしたんだい? 我が愛……」


 突然凍り付いた雰囲気に、ヴァレンティナは身を固くした。なんだかかわいそうになってしまい、輝星は思わず言ってしまった。


「な、なんでもないよ。いやあご馳走が楽しみだな」


 結局、この言葉のせいで二度目の夕食を取ることになってしまった彼は、危うく食べ過ぎで嘔吐しかける羽目になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る