第二百十話 再結集、四天(1)

「うう……」


 輝星の前に引きずり出された四天最後の一人、リレン。普段は氷のように冷静沈着で、部下たちからは表情を崩しているところを見たことがないと言われるほどの人物なのだが……今日の彼女は、全身を小刻みに震わせひどく怯えている様子だった。


「あっるぇ~どうしたんデスか~? リレンさん」


 ニタニタと笑いつつ、ノラがリレンの脇腹を指先でつっつく。しかし彼女は、そんな子供じみた悪戯にも反応できないほど萎縮している。その目は、まっすぐに輝星の方に注がれていた。


「えっ? あの……」


 対する輝星の方は、困惑の表情でディアローズの方を見た。助けを求めるような視線に、彼女は肩をすくめてからリレンの方へ歩み寄る。


「いやはや、やっと会えたな。貴様には一度謝っておきたかったのだが、なかなか顔を合わせる機会がなくてな」


「この女、輝星サンを避けて逃げ回ってましたからね。くくく、しかしこうなったからはそうは問屋が卸さないデスよ!」


 惑星センステラ・プライムの戦いの最終局面で帝国を裏切ったリレンだったが、それ以降ヴァレンティナの戦艦"プロシア"に引きこもってしまい、元同僚たちとはまったく顔を合わせない日々が続いていたのである。


「あ、謝る……?」


 冷や汗を浮かべつつ、リレンは視線を輝星の方からディアローズへと向ける。裏切ったのはリレンのほうで、ディアローズからは謝られる道理などない。普通に考えれば、謝るべきはリレンのほうだろう。


「貴様の危機感は正しかった。この男のいる軍隊と、戦うべきではなかったのだ」


「あ、ああ、辞表の件……」


 リレンは顔を引きつらせつつ、視線を自分のつま先へと落とす。そして、所在なさげに貧乏ゆすりした。恐怖心はやや削がれたようだが、代わりにディアローズへの罪悪感を覚えている様子だった。


「あのタイミングで辞表を出すというのにはさすがに驚いたが、電撃で折檻するのはやりすぎだったかもしれぬ」


「そんなっ!」


 声を上げたのはリレンではなくエレノールだった。リレンが作戦直前で辞表を出そうとした件では、彼女が"オシオキ"を提案したのだ。陣営こそ変わったが、エレノールはあの時の判断は間違いだとは思っていなかった。

 そのため彼女は文句を言おうとしたが、ディアローズの視線を受けたテルシスが即座にエレノールを羽交い絞めにして口をふさぐ。高身長なイケメン女性であるテルシスがかわいらしい印象のあるエレノールを押さえつけているのは、妙に耽美な雰囲気を醸し出しているなと輝星は場違いな感想を覚える。


「という訳で、電撃の件は貴様の裏切りとは相殺しておく。これからはまた仲間だ、まあ仲良くやろうではないか」


 そう言って差し出されたディアローズの手に、リレンは一瞬躊躇したものの結局おずおずと握手した。水に流してくれるというのなら、確かにありがたいことだ。


「はー、お優しいことで」


 ほっぺたを膨らませつつ、ノラがからかう。


「で、だ。いろいろあったが、今となってはこの男も友軍だ。そう怯えることもあるまい? 味方を後ろから撃つような人間ではないことは、わらわが保障しよう」


「ディアローズの保証など、信じられるものではないかもしれないがね」


 今度はヴァレンティナが口を出してきた。しかし、厳しいことを言いつつも彼女は友好的な笑顔をリレンに向けた。


「だから、わたしも保障しよう。我が愛はべつに、狂暴な猛獣なんかじゃないんだ。そう怯える必要はないと思うんだけどね?」


「そ、そうだけど……」


 再び、リレンは恐怖の混ざった視線を輝星に向ける。その様子に、輝星は若干引きつった苦笑をした。バツの悪そうな様子で、軽く頬を掻く。


「その反応、もしかして傭兵?」


「……そう。元、だけど」


「ああ……」


 納得した様子で、輝星は大きく息を吐いた。予想通りの言葉だ。悲しいような、困惑しているような、複雑な表情だった。しばし目を閉じ、それから一呼吸おいて言葉を続ける。


「俺って、わりと傭兵同業者からは嫌われてるから……」


「嫌われているのではない。畏れられている」


 輝星の言葉を、リレンは即座に訂正した。


「敵対者に絶対的な敗北をもたらす、凶兆の星。いわば、死兆星。不吉な象徴に好んで近づく傭兵は居ない……」


 日常的に命のやり取りをする傭兵には、信心深い者も多い。そうでなくとも、ゲン担ぎやジンクスを重視する傭兵は普遍的だった。そんな彼女らにとって、異様な戦果をたたき出し続ける輝星は、ある意味タブー視されてしまっていた。

 なにしろ敵に回せば必ず敗北し、味方であれば活躍しすぎて自分たちの稼ぎが減る。実利的に考えても、傭兵にとってあまりお近づきになりたい人間ではないのだ、輝星は。


「ううーん……」


 だが、そこまで言われるのは輝星にとっても面白くない。だいたい、人命にはかなり気を使っているのに死兆星呼ばわりされるのも気に入らないのだ。なんとかこの汚名を返上できないものかと、彼は考え込んだ。

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