第二百九話 共食い
胃が痛くなるようなギスギスした夕食が終わると、輝星はエレノールに連行されてヴァレンティナの乗艦"プロシア"に向かった。エレノールが、久しぶりに四天の皆に会いたいと言い出したからだ。
「んなっ! わたくしの"パーフィール"がっ!?」
その"プロシア"の整備デッキで、エレノールは顔を真っ青にして叫んだ。なにしろ自分の愛機であるマゼンタ色のゼニス・タイプ、"パーフィール"が武装やら装甲やらをはぎ取られたひどい状態になっていたからだ。
「なにがありましたの! 確かに"パーフィール"は撃墜されましたが、ここまでひどい状態ではなかったはずでしてよ!」
「あ……」
輝星には、その原因に覚えがあった。"パーフィール"はパーツ取りのため、一度分解されているのだ。輝星の新たな愛機である"エクス=カリバーン"にも、その一部が使われている。具体的に言えば、主兵装の一つであるメガブラスターライフルなどだ。
罪悪感を覚えて一瞬目をそらす輝星だったが、言わないわけにもいくまい。数秒間視線を足元にさ迷わせた後、意を決して口を開いた。
「すいません、部品を取って俺の機体の改造に使っちゃいました……」
「えええー……」
さすがのエレノールも、これにはショックが大きい。整備員が急ピッチで修復作業を進めているようだが、決戦の日は近いのである。戦いに間に合うのか、素人目に見てもかなりの不安を覚えた。
「我々の補給事情は極めて厳しいのだ、エレノール卿」
そんな彼女を諫めたのは、テルシスだった。普段"レイディアント"で過ごしているテルシスがなぜこちらの艦に居るのかと言えば、乗機の総点検のためだ。"レイディアント"のクルーでも通常整備や簡単な点検ならば可能なのだが、本格的なモノとなるとやはり帝国の技術者に任せるほかない。
「汎用部品なら皇国の持つルートでも手に入るが、専用部品はそうはいかない。多少の共食い整備は致し方のない話だ」
なにしろエレノールの参戦は突然のことだった。ほんの先日まで、"パーフィール"は部品取り用の予備機として扱われていたのである。ワンオフであるゼニス・タイプは、こう言った整備面では極めて不利だった。
「ぐうう……」
「しかし、やはり物資不足は深刻でな、完全に元通りにはならないそうだ。多少の性能低下には、目をつぶってもらおう。ゼニス用の予備部品は、もはや底をついているのだ。量産機の資材でなんとか誤魔化すほかない」
「そんなあ……こ、これではわたくしの活躍が……」
しなしなと萎びていくエレノール。"パーフィール"はもともとガチガチの超高性能機なので、粗悪なパーツを使った場合の性能低下はシャレにならないレベルになってしまう。もともとのパワーに低性能部材が耐えられないため、リミッターをかけざるを得なくなってしまうのだ。
「そ、そこは腕でカバーという方向で……」
「うう、確かにその通りですわ……わたくしは誇り高き四天が一人、機体が多少弱体化したところで、無様を晒すわけにはまいりませんわ!」
後方でそのやり取りを見ていたディアローズは、帝国も裏切っておいて四天もクソもあるかと口元を歪めてそっぽを向いた。いや、四天全員が皇国についているのだから、帰属先が帝国から皇国に変わっただけかもしれないが……。
「とはいえ、こんな状態で放置するのも忍び難い……この戦いが終わったら、きちんと直してあげねばなりませんわね」
フレームの露出した無残な姿の愛機を眺めつつ、エレノールは悲しげな声で言った。そして、突然表情を明るくしてぽんと手を打った。
「ああ、そうだ! その時は、輝星にも一機ゼニスをお送りしますわ!」
「えっマジ!?」
ゼニスという単語が出た瞬間、輝星の目が輝いた。はっきり言えば、指輪を貰った時より数段悦んでいるように見える。それに一瞬複雑な表情を浮かべたエレノールだったが、すぐにフンと自慢げな顔でその極めて豊満な胸を張る。
「ええ。最高のハイエンド機をお造り致しますわ! 四天機や皇族専用機に負けないレベルのね!」
モノで歓心が買えるならば安いものだ。ゼニスは極めて高価な機械だが、金満貴族の一族であり、なおかつ四天として帝国から莫大な俸給を貰っていたエレノールならば、ポケットマネーでギリギリ何とかなる範囲だ。
「おお、それはいい考えだ。拙者も一枚噛ませてもらおう」
が、そんな思惑があることなど一切気にせずテルシスが口を挟んできた。彼女の場合、プレゼントというよりは単に輝星に強い機体に乗ってもらいたいだけだろう。
「い、いえ、結構ですわ! わたくし一人でもゼニスの一機程度……」
「すまない、待たせたね」
エレノールが抗弁しようとしたその時だった。突然、聞きなじみのある気取った声が一行にかけられた。振り向くと、そこにいたのはヴァレンティナだ。
「少しばかり手間取ってしまったが……久しぶりの四天の集合だ。今日は記念すべき日だな」
ニヤリと笑い、ヴァレンティナは後方に目を向ける。そこにいたのは、心底愉快そうな表情のノラと、そして彼女に強引に引き摺られてきたスカイブルーの長髪が特徴的な美女――四天の最後の一人、"天眼"ことリレン・スレイン、その人だ。
「ひぇっ……"凶星"……!」
元・帝国の最高戦力たる孤高のスナイパーはしかし、生まれたての子ヤギのようにプルプルと震えていた。その表情は、恐怖によって凍り付いている……。
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