第二百八話 来襲、天雷(2)

 いつまでも格納デッキでおしゃべりを続けているわけにもいかない。一行は一度解散し、入浴や着替えを行った後、貴族用のダイニング・ルームに再集合した。エレノールの着任祝いをするためである。


「しかし、これが皇国の総旗艦ですのね……」


 輝星たちが入浴している間、艦を見て回っていたらしいエレノールが何とも言えない表情で呟く。このダイニング・ルームもそれなりに豪勢な部屋だが、なにしろ"レイディアント"は古い戦艦なので、どことなく色あせて見える。歴史を重ねたアンティークというよりは、メッキがはがれたといった方がいいみすぼらしさだ。


「帝国と違って、うちの台所事情は非常に厳しいんですよ……」


 白磁のカップに入ったコーヒーで唇を潤しつつ、シュレーアが言い返す。夕食はまだ調理の途中で、テーブルに並んでいるのはコーヒーや紅茶だけだ。状況が状況なので、流石に酒杯などは出ていない。


「これであそこまで健闘したのですから、むしろ感心していますのよ」


 聞きようによっては酷い皮肉にも思えるエレノールの言葉だったが、彼女は本気で言っているようだった。輝星という極めてイレギュラーな戦力が居たとはいえ、事実皇国軍は帝国を押し返している。


「ま、わたくしたちファフリータ家が臣下となったのですから、大船に乗ったつもりでいなさい。じきに新造艦ばかり並べられるようにして差し上げますわ」


「"オーデルバンセン"も手に入ったのですから、当面新しい艦を発注するつもりはありませんけどねえ……我が国の未来の総旗艦ですよ、あれは」


「戦利艦を旗艦に据えるのはどうかと思うがなあ」


 腕組みをしたディアローズが、あきれたような目を向けた。しかし、シュレーアは肩をすくめるだけだ。軍備増強は重要だが、帝国が好き勝手暴れてくれたおかげで皇国の国土はかつてないほど荒廃している。出来る限り、戦災復興の方を優先させたいのだ。


「ま、今日のところはそんな事はどうでもよろしい」


 ツンとした表情でそう言った後、エレノールは輝星の方を見てにこりと笑い、ウィンクした。そのまま椅子から立ち上がり、輝星の隣へと歩み寄る。

 サキが油断のない目つきでそれを眺めつつ、片手で握っていたティーカップをテーブルに置いた。両手をそっとテーブルに乗せ、自分もいつでも立ち上がれる姿勢になる。それを見たエレノールは油断のない視線を飛ばして彼女をけん制してから、目線を輝星に戻した。


「実は、輝星様……いえ、輝星にプレゼントがありますのよ」


「えっ」


 突然話を振られた輝星は、目を丸くしつつ慌てて自分も椅子から腰を上げた。そんな彼を見て笑みを深くしつつ、エレノールは懐から何かを取り出した。青いビロード布に覆われた、上品な小箱だ。彼女がその長い指でそっと箱を開くと、中から現れたのはダイアモンドの嵌まった高級そうな指輪だった。


「こ、これは……」


 どう見ても結婚指輪か何かだ。眉を跳ね上げる輝星に、エレノールはドヤ顔で自らの左手を掲げて見せた。その薬指には、同様のデザインの指輪がはめられている。


「ああっ!」


 それを見て大きな反応をしたのは、輝星ではなくディアローズだった。いつになく焦った表情で、椅子を蹴って立ち上がる。


「ぬかった! そう言う手があったか!」


「ど、どうしたんです? 指輪のペアルックくらい、別に……」


 のほほんとした顔で聞くシュレーアに、ディアローズは渋い表情を向けた。


「あれは婚約指輪だ! 地球人テランの文化でな……将来を誓い合ったカップルは同じデザインの指輪を身に着ける。つまりは、この男は自分の物だというアピールだ!」


「んなっ! 本妻たるこの私を差し置いて!」


 説明を聞いて、シュレーアはやっと危機感を覚えたようだった。そういう面白い制度があるなら、自分も利用しておくべきだったと今さらながらに後悔しつつ、輝星の手元に目をやる。自分も贈ろうかなと考えている表情だ。

 なにしろヴルド人には婚約指輪や結婚指輪などという文化はないから、この辺りの感覚は鈍い。なにしろ重婚が前提の文化だ。結婚するたびに指輪をはめていれば、夫の手が指輪まみれになってしまう。


「おほほ、暇な時間に地球人テランの結婚文化について調べていた甲斐がありましたわね!」


 ニマニマと笑いつつ、エレノールは輝星の左手を取って指輪を優しく嵌めてやった。もちろん、薬指にだ。


「さ、採寸もしてないのにぴったりだ……」


 指輪なんてものは、きちんと採寸してから用意しないとキツかったり緩かったりするものだ。しかしこの指輪は、まるであつらえたように輝星の薬指にぴったりはまっている。輝星が困惑の目をエレノールに向けると、彼女は悪びれもせずに言った。


「ふっ……手のサイズなら先日、しっかりと計らせていただきましたわ」


「えっ、ああ、そういえば妙に手をニギニギされたけど……あれですか」


 初対面にも関わらずやたら手を握りまくられたことを思い出し、輝星が聞く。当然のような表情で、エレノールは頷いた。


「ええ、その通りですわ! 触った感触で、だいたいのサイズ感はわかりますもの」


「あんな段階で、指輪を送ることを考えてたんですか……」


「いえ? 指輪を送ることを決めたのは、結婚が決まった後のことですわ。あの時はなんというか、わたくしの趣味と言いますか……」


「へ、変態だ……」


 無言で話を聞いていたサキが目元をひくひくさせつつ呟いた。そして、ちらりとディアローズの方を見る。帝国人には変態しかいないのかと言わんばかりの表情だ。


「貴様も大概であろうが……」


 その表情を正確に読み取ったディアローズは指で自らのこめかみを押さえつつ、ため息を吐いた。サキとて、初体験で姉弟プレイなどという倒錯的な性癖を輝星に押し付けていたのだ。


「ま、まあ、なんにせよ、ありがとうございます」


 エレノールの趣味はさておき、婚約者同士で同じデザインの指輪をつけること自体は自然なことだ。輝星は神妙な顔で深く頭を下げた。


「ふふっ、まあそんな硬い顔をせず、どうか笑ってくださいまし。たしかにわたくしたちは、まだまだであったばかり。緊張するのも無理はありませんわ……しかし夫婦となった以上、家族なのですから!」


 そう言ってエレノールは、輝星を優しくハグした。ここにいるメンツの中でもトップクラスの……いや、輝星が出会ったことのある女性の中でも最大級の大きさを誇る胸が、彼の薄い胸板に押し付けられてむぎゅっと押しつぶされた。


「ちょ、ちょっと……」


 女性に対してずいぶんと免疫がついたとはいえ、これはさすがに刺激が強い。輝星は顔を赤くしたが、即座に仏頂面のサキとシュレーアによって両者は引きはがされた。


「新入りの癖に随分と生意気だな、エエッ!?」


「本妻は私なんですが? あまり好き勝手をされてはこまります。風紀が乱れますので」


「あら、あらあらあら。そうでしたのね? ふうん、あのフレア殿下以外にも、随分と悪い虫がついておられるようで……」


 一触即発の空気に、輝星は食事前だというのに胃が痛くなってくるのを感じた……。

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