第二百七話 来襲、天雷(1)
それからしばらくは、輝星たちは演習漬けの日々を過ごした。あちこちで建設作業に当たっている工兵部隊と違い、戦闘部隊には定期的な哨戒くらいしか仕事がないのだ。余った時間は、ほとんどが演習に費やされていた。
「ふう……」
したたる汗をぬぐいながら、輝星が深く息を吐く。極寒の惑星でも、空調の効いたコックピットはむしろ暑いくらいだった。機体が
「ちょっと、エアコンの設定温度高すぎない?」
「そうか?」
後部座席に座ったディアローズが、ご馳走を前にした肉食獣のような笑みを浮かべて答える。そして彼の首筋に顔を近づけ、玉のような汗を舌でチロチロと舐めとった。輝星は小さく悲鳴を上げつつ、身をすくませる。
「……いい加減慣れたけどさ、どこでもペロペロするのはどうかと思うよ?」
「くふふ」
陶然とほほ笑むディアローズを手を振って追い払いつつ、輝星は顔を引きつらせた。この女は、事あるごとに輝星を舐めようとしてくるのである。マゾ性癖については慣れつつあったが、こちらの性癖に関しては別だ。
これ以上セクハラされてはたまらない。輝星は急いでコックピットハッチを解放し、自動でせりあがってきたロボットアームのバケットに飛び乗った。後ろから、ディアローズも続く。アームは鈍い音を立てつつ下がっていき、十秒もしないうちに着地した。
「お疲れ様です」
二人を迎えたのは、先に着艦したシュレーアだった。その後ろには、サキも居る。
「どうですか、皇国軍とヴァレンティナ派の部隊の連携具合は」
今日の輝星の演習での立ち位置は、いわゆる
「いいんじゃない? 最初の方よりずっと様になって来たよ」
ヴァレンティナ派の部隊は元帝国軍であるわけだから、当然皇国軍と協調して戦うのはなかなかに難しい。両軍の
「ま、所詮付け焼刃だけどな……」
サキが肩をすくめた。結局、連合軍は演習の中盤には瓦解してしまい、輝星をはじめとした
「それでも、刃がついてないよりはマシだろうが」
苦笑と共に、サキはそう続ける。数日前の演習では、これよりもさらにひどい有様だったのだ。成長自体は、確実にしている。
「とはいえ、帝国軍の到着予想日はもうすぐですからね。あまりノンビリともしていられません」
シュレーアの表情には、明らかな焦りがあった。情報部からは、毎日帝国艦隊の現在位置の報告が上がってきている。もはや、目と鼻の先といっていい距離まで接近されているのだ。数日以内に、敵の先遣部隊がこの星系に侵入してきてもおかしくない。
「そうだなあ……若干不安と言えば不安だけど……」
そう輝星がぼやいた時だった。格納デッキに風が吹き込み、シャッターの開放音が響く。音の出所に目をやると、棒状の誘導灯を振るデッキクルーに誘導された一艘の高速連絡艇が入庫してきた。
「ん? あれは……」
皇国軍に採用されているタイプではない。もっと新型の、ハイエンド・タイプだ。通常、所属国等の記章が描かれているべき場所は、なぜかペンキで塗りつぶされている。謎の高速艇はゆっくりと輝星たちの方に進んでくると、微かな音を立てて停止した。そしてその横腹に設置されたハッチが開くと、中から伸縮式の階段が下りてきた。。
「お久しぶりですわ!」
高速艇の中から現れたのは、エレノールだった。皇国の高級士官用軍服を身にまとっている。襟元に輝く階級章には、中佐を意味するマークが描かれている。
「おお、間に合ったか」
ディアローズがほっと安堵のため息を吐く。本家からの返事がなかなか来ないため、エレノールの参戦が間に合わないのではないかとずいぶんとやきもきしていたのだ。
「遅くなって申し訳ありませんわ。なかなか、お母様……じゃなかった、ご当主様が決断してくださらなかったものでして」
「いやいや、良かった。一緒に戦えそうで、何よりです」
笑いながら差し出された輝星の手を、エレノールはしっかりと握り返した。そしてそのままその手を自らの両手で包み、ニギニギと感触を味わう。仏頂面で、シュレーアが二人を引きはがした。
「着任を歓迎しましょう、エレノール・アル・ファフリータ中佐。しかし、艦内ではあまり彼と接触しないように。兵たちの目がありますからね」
「それは失礼いたしましたわ」
挑戦的な笑みとともにシュレーアの言葉を受け止めたエレノールだったが、すぐに小首をかしげた。
「……髪が突然伸びましたわね、フレア殿下?」
「私はシュレーアです。フレアの妹の!」
「あらあら、そうでしたのね! 申し訳ありませんわ!」
謝るエレノールの顔は真剣そのもので、馬鹿にしている様子はない。しかし、それ故に妙なアホっぽいオーラを放っていた。
「大丈夫か、あいつ……」
「パイロットとしての腕と実家の太さだけは本物だ。驚くべきことにな……」
残念なものを見るような目で、サキとディアローズはこそこそとそう言い合うのだった……。
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