第二百六話 氷結惑星
ガレア星系、第五惑星ガレアe。そこは、厚いドライアイスに覆われた極寒の惑星だ。一週間以上をかけてそこへ到着した皇国艦隊は、真っ白い二酸化炭素の氷塊を削って作られた乾ドックに、皇国軍とヴァレンティナ派の軍艦がその長大な船体を横たえていた。
「ひえ……」
巡洋戦艦"レイディアント"の上部デッキで、輝星が背中を震わせた。視線の先には、急峻な氷山が連なっている。その氷でできた巨大山脈は地球のエベレストを優に超える標高を誇り、恐ろしいほどの威圧感を放っている。
艦の周囲に張られた不可視のエア・フィールドにより呼吸に必要な大気と上着無しで活動できる温度が保たれているとはいえ、見ているだけで背中に寒いものが走るような景色には違いない。おまけに、恒星から離れた惑星のため昼にも関わらずかなり薄暗いとあって、その寒々しい雰囲気は尋常ではない。
「懐かしいな、ここへ来るのは何か月ぶりか……」
輝星の隣で、サキが感傷を含んだ声で呟く。彼女もこの星で起きた戦闘、第一次ガレア会戦には参加していた。この星に来るのも二度目なのだ。
「今度こそ勝ちたいところだが……おい、実際のところはどうなんだよ? 勝ち目はさ」
「さあ?」
突然話を振られたディアローズは、すげなく肩をすくめる。
「流石の
「ちっ……そこは嘘でも勝てると言ってくれよ。なあ、お前もそう思うだろ?」
舌打ちと共に、サキは輝星の肩を抱き寄せた。周囲で休憩や作業をしていたクルーたちが、憎々しげな目つきで彼女を睨みつける。
「戦いの前に兵の士気を下げるようなマネをするでない……」
呆れた様子でディアローズがサキを引きはがす。しばらく用事が重なって会えなかったせいか、今日の彼女は妙に輝星にベタベタしてくるのである。輝星は一般兵たちからはアイドル視されているので、女の影がちらつくのはあまり宜しくない。
「ま、
「言われなくとも!」
サキはふんと荒々しく息を吐いた。
「帝国艦隊がこの星系にたどり着くまで、あと二週間くらいか? それまでに、出来るだけ準備をしておきたいところだが……」
そう言ってサキがチラリと氷山に目を向けた。そこでは、対空砲やミサイルなどの迎撃兵器の設置が行われている。時間的な余裕はあまりないが、戦力的に劣っている以上準備はいくらしても足りないくらいだ。
「そういや、お前らンとこのトップエース……四天だったか? それの最後の一人がこっちについてくれるって話あったろ? あれどうなったんだよ」
「そうそう。あそこまでやって調略したんだから、戦いに間に合いませんでしたじゃ泣くに泣けないぞ!」
サキの言葉に強く同調する輝星。なにしろ、初対面の相手との結婚まで承諾したのだから、骨折り損は避けたい。
「とはいえ、やつも本家の意向を無視して動くわけにもいかぬだろうしなあ……家宰が太鼓判を押した以上、大丈夫だと思うが」
口をへの字にして、ディアローズは空を見上げる。エレノール調略の件は、彼女も思うところがあるのだ。エレノール自身はやる気満々で、この作戦にもついて行きたそうにしていたらしいのだが……まだ本家からの返事が来ていないため、彼女は皇都のホテルに軟禁されたままだ。
「ったく。締まらねえなあ」
「もう少し早く調略工作をしていればよかったのだがな。手抜かりをした」
難しい顔でそう言うディアローズだったが、すぐに悪そうな顔をしてサキの耳元に口を寄せた。そして微かな声で囁く。
「しかし、奴はあれで結構積極的なほうだと思うぞ。エレノールがいないうちに、ご主人様と親睦を深めておいた方が良いと思うのだがな?」
「むっ……」
サキにエレノールとの直接の面識はない。しかし、彼女が成り上がり貴族の令嬢であることは知っている。ふと、脳内に嫌な想像が浮かんできた。
「確かに、ぽっと出にデカい顔をされるのは面白くねえな」
「なに焚きつけてるのさ」
ジトっとした目で輝星がディアローズを見た。くふふと笑いつつ、ディアローズはサキから体を離す。
「輝星!」
そこへ、シュレーアが突然走り寄ってきた。輝星のことを呼び捨てにしているのを聞いて、周囲のクルーたちの目つきがまた鋭くなる。非友好的な視線を浴びせかけられたシュレーアは、冷や汗を垂らしながら立ち止まり、コホンと咳払いをした。このヘタレめと思いつつ、サキが苦笑を浮かべる。
「輝星さん、手のあいた部隊で演習をやっておこうという話になっているのですが、参加していただけませんか?」
「ああ、いいね。この辺りの地形なんかも、一度生で見ておきたいし……」
せっかくの迎撃戦なのだから、地の利は最大限に生かしたいところだ。輝星は当然この星は初めてなので、実際にストライカーを飛ばして戦場を確かめておくべきだろう。
「そういうことなら、あたしも行くっすよ」
輝星の肩に手を置きつつ、サキは言った。
「"ダインスレイフ"の改装も終わったんだ、ここらでセンステラでの汚名は返上しておきたいっすからね」
"エクス=カリバーン"ほどの大改造ではないものの、シュレーアやサキの機体も帝国の超高性能ゼニスに対抗すべくエンジンや武装の交換等の改造が行われた。味方になったとはいえ、四天やヴァレンティナらにナメられたままというのは面白くないので、ここらでガツンと一発カマしてやろうというのである。
「そういうと思って、あのストーカーおん……じゃなかった、ヴァレンティナさんにも声をかけてありますよ」
「そりゃあいい」
サキは獰猛な笑みを浮かべた。
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