第二百一話 獲らぬ狸の……

 ディアローズが綿密な計画の上で帝国に反旗を翻したというのなら、勝機はあるとファフリータ家の家宰は考えていた。彼女の勝利と栄光に満ちた経歴は、その大言壮語に裏付けを与えるにふさわしいほどのものだったからだ。

 大義名分はある。勝機もある。あとは、リスクを冒すに足る利益があるかどうかだ。年齢に見合わない家宰の鋭い眼光を受け、フレアはちらりと輝星の方を見た。


「まず第一に我々が提案するのは、彼とエレノールさんの婚姻です」


「ほう」


 政略結婚は貴族社会では基本だ。そういう話になるだろうなということは、すでに家宰も予想していた。エレノールがまんざらでもなさそうな表情をしているのを確認して、すでに根回しは終わっていることを察した家宰が輝星に目を向ける。


「失礼ですが、そちらの方はどなたでしょう? どうやら地球人テランの方のようですが……」


「私の……フレア・ハインレッタの婚約者である北斗輝星さんです」


「んっ!?」


 輝星は間抜けな声を出した。シュレーアとの結婚は認めたが、フレアとの結婚の話など聞いていない。慌ててフレアのほうを見たが、彼女は至極まじめな顔をしてこちらと目を合わせようとはしない。助けを求めるように、ディアローズへと視線をずらす。


「……」


 彼女は非常に申し訳なさそうな表情で、軽く頭を下げた。決して、この場の乗り切るためのデマカセだから安心しろと言っている顔ではない。嵌められた! 輝星は反射的にそう思った。

 自分の夫を姉妹と共有するのは、ヴルド人として当然の行いである。誰かが言ったその言葉を、輝星はふと思い出す。ここへ来るまでの車内でフレアが思わせぶりな態度をしていたのは、自分も輝星と結婚することが決まっていたからなのだ。


「夫を共有すれば、私たち・・・とエレノールさんは義姉妹ということになります。同盟締結の証とするには、ちょうど良いでしょう?」


「なるほど、一理ありますな」


 当然のことのように頷く家宰に、輝星の隣に座ったノラがギリリと歯を鳴らした。ついでに、エレノールが(こいつが噂の……)と言わんばかりの表情でフレアを見る。ノラが吐いた、皇国の重鎮が輝星を強引に……という嘘を信じているようだ。


「やってくれたね、雌犬ども……!」


 輝星にしか聞こえないような小さな声で唸るノラだったが、そもそもエレノールとの結婚は彼女の案である。今さら否とは言えない。フレアのほうも、それを理解してこのタイミングでの既成事実化を図ったのだろう。


「嫁が一人増えるかもしれないって言ってたけど、二人増えたじゃないか……!」


「片方はワタシのせいじゃない!」


 小声でやりとりする二人に一瞬勝ち誇った顔になるフレアだったが、すぐに真面目な表情にもどり、エレノールたちに渡したテルシスの書状に目を向ける。


「そして彼は、テルシスさんとの結婚も予定されています」


「ええっ!?」


 その言葉に、エレノールが驚愕の声を上げた。なにしろテルシスは、見合いも断り続けるようなストイックな人間なのだ。それが結婚するとなれば、平時であっても帝国を揺るがすダイニュースになるだろう。


「それはめでたい! つまりは我々ファフリータ家とハインレッタ家、そしてメルエルハイム家の同盟となるわけですか。素晴らしい良縁ですな」


 家宰の声も、演技ではない歓喜の色があった。テルシスの実家、メルエルハイム家と直接つながりを持てるのは好機だ。皇帝が暴力的な手段で排除されれば、帝国内で内戦が勃発するのは目に見えている。メルエルハイム家の後ろ盾があれば、その動乱を利用して領地を増やすのも決して難しくはないだろう。

 ファフリータ家は成り上がり者の新しい家柄だが、それ故に旧来の貴族からは疎まれている。有象無象の嫌がらせにより、伸び悩んでいるというのが現状だった。それを打破するチャンスなのだから、乗らない手はない。


「確かにそういう条件ならば、アーガレイン皇家からハインレッタ家に主君を鞍替えするというのも悪くはありませんな。しかし、そうなると一つ気になる部分があります」


「と言うと?」


「領地の距離です。我々の領地からこの国まで来るのに、高速船を使ってもそれなり以上の時間がかかる。これでは、いろいろと不都合があるでしょう?」


 FTL超光速航行が普及しているとはいえ。やはり物理的な距離はいかんともしがたい。有事の際の戦力の融通にも苦労するし、使者のやりとりにも時間がかかるからだ。


「そこで提案なのですが、エレノール様をそちらで叙爵していただけませぬか? いわば、ファフリータ家との橋渡し役ですな。そういう役職を、正式に用意していただきたく」


 どうせ輝星と結婚すれば、エレノールは皇国で暮らすことになるのだ。フレアとしても、正式に役職を用意するというのは悪くない考えに思えた。


「良い考えですね。子爵位であれば、すぐに用意できます」


「ほう、子爵ですか。話が早くて助かりますな」


 ファフリータ家の当主が伯爵だから、それよりも高くない低すぎもしない子爵という地位はちょうどいいだろう。


「そういう条件でしたら、貴女方にご協力するのも不可能ではないでしょう。細かい話を詰めた後で帰国し、当主に相談いたしましょう。おそらく、色よい返事ができるかと」


 手元のメモを一瞥してから、家宰がニコリと笑う。彼女はあくまで家宰なので、こういった重大な事案に関しての決定権はない。しかし長年にわたってファフリータ家に仕えてきた家宰は、当主の性格も熟知していた。当主を説得する自信は、十分にある。


「ありがとうございます。それでは、こちらの資料をご覧ください。今後の我々の作戦としましては……」


 こうなれば、調略は成功したも同然だ。フレアは密かに胸を撫でおろした。

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